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​2020/02/17

※死ネタ(?)

※元ネタ:サヨリ(ドキドキ文芸部)

​※2020/01/08の前日譚

 ジムリーダーとしての責任、街の代表としての責任、マリィの兄としての責任。ひとりで抱え込んだくせに、その重圧で押しつぶされそうになった時、明るく能天気な彼女は必ず来てくれた。


「ネズくんは本当にすごいよ。街のためにたくさん頑張ってる。けど、頑張り続けるのって疲れちゃうよね。ここにはわたしだけしか居ないから、ちょっとくらい泣いていいんだよ。今まで大丈夫だったんだから、これからもきっと大丈夫。ネズくんなら、出来るよ」


 優しく笑いかけ、おれより小さな身体で柔らかく包み込む。幼なじみである彼女の言葉は、いつも自然と心に沁み込んで落ち着いた。歌手になってから気づいたが、彼女は世にも珍しいピンクノイズの持ち主だったことが分かった。幼なじみというだけでなく、その一瞬でおれを落ち着かせる才能が彼女にはあったわけだ。だからおれは、彼女の言葉なら素直に耳を傾けたり、すんなり受け入れられたりしたのかもしれない。
 唯一、彼女の腕の中だけが、ジムリーダーでも、スパイクタウンの代表でも、シンガーソングライターでも、マリィの兄でも、何でも無い、ただのネズに成れる場所だった。
 いつか、この恩は必ず返そう。彼女が必要とするならば、おれの出来ることであれば、彼女のための力になろう。
 ……そう、昔から考えていたというのに。
 ジムリーダーの任をマリィに託し、おれはようやく音楽の道一本に絞ったある時のライブ後で、ふと彼女が隣りに居ないことに気が付いた。ジムリーダーの時は、ずっと隣りに居てくれたというのに。楽しそうに談笑するユウリとホップ、マリィにキバナ、ダンデやソニア博士。周りを見渡せど、おれを囲むギャラリーの中には彼女は居なかった。
 ああ、何処かに置いて来てしまったのかもしれない。ダンデほどではないが、彼女もなかなか道を覚えない人間だから、迷子になって心寂しい思いをしているかもしれない。


「すみません、忘れ物をしたみたいなんで、ちょっと探して来ます」


 そう宣言して踵を返す。なんとなく、来た道を戻れば彼女が居るような気がした。背中にひとつ、突き刺さるような視線を無意識に振り払いながら、おれは来た道を戻った。
 彼女が居たのは、おれの出発点とも言えるスパイクタウンのライブステージだった。ネオンに光る悪ジムのマークを呑気に見上げていた。彼女は、おれの原点にずっと居た。


「何をしていやがりますか」
「わあっ、」


 ため息混じりにそう声をかければ、彼女は驚いたかのようにビクッと身体を揺らし、そしてゆっくり振り返る。おれを捉えたその瞳は、目を丸めながら怯えるように揺れていた。


「ネズ、くん。ど、どうしたの? みんなは?」


 何故か緊張しているようで、少しだけぎこちない声のトーンが不思議だ。しかし、おれは気にせず続ける。


「おまえが居なかったので迎えに来ました。みんな先で待ってますよ」


 身体をこちらに向けてくれた彼女に手を差し出せば、彼女はそれを凝視した。だが、手を取ってくれる様子は無く、彼女は困った笑顔を俺に向ける。


「わたしは……わたしは、いいよ」


 今度はおれが目を丸くする番だった。まさか、断られるとは。ずっと隣りに居てくれた人が、おれを拒んだ。差し出した手が、行き場を無くして宙に浮く。


「どうして、ですか」


 少し声が震えてしまって、思わず口を固く閉じる。思えば、彼女に手を差し伸べることは今回が初めてかもしれない。それほど、おれは自分のことしか考えていなくて、いつも彼女の差し伸べられた手に頼りきっていたのだ。


「なんて言うかなぁ。ネズくんには、もうわたしは必要無いって、そう思ったの」
「な、」んだ、それ。
「ごめん、意味分からないよね。でも、わたしもよく分からないんだ。ただ、今のネズくんを見ていると、何故かそんな風に思っちゃうの」


 話しながら下に俯く彼女の瞳が暗く翳る。よく顔を見れば、目の下にクマが出来ていた。普段の能天気そうな印象の彼女からは考えにくい暗さに、おれは戸惑いを感じ始める。


「もうね、ネズくんはわたしが居なくても大丈夫だよ。マリィちゃんとかキバナさんとか、ダンデさんやソニアさん、ホップくんとか、あとほら、ユウリちゃん、とか。ネズくんには、素敵な人たちがたくさんいる。もうわたしは必要無いよ」


 どうして、そんな風に考えられる? いつおれがおまえを必要無いと言った? あんなに一緒に居たのというのに? おれがどれだけおまえに救われていたと思っているんだ? おれがどんなにおまえのことを―─。
 何故、と疑問ばかりが頭の中を支配する。その感情のまま、差し出した手で彼女の肩を掴んだ。思いのほか力んでしまって、彼女が少しだけ痛みに顔を歪める。

 

「いた、」
「……誰に何を言われた?」
 

 低めに出たおれの声は、彼女の全身をビクリと震わせる。


「っ、えと、ね。誰かに言われたわけじゃなくて。……うん、きっとわたしの思い込みなんだ。思い込みが、わたしにいじわるするの」


 虚ろに笑う彼女に、戸惑いが違和感に変わる。“何か”がおかしい。彼女はこんな性格では無かったはず。いや、それとも、おれのために明るく振る舞っていたのかもしれない。本来この性格なのだとしたら、なんて声をかけたら、彼女の正解なのだろう。こういう時に限って、彼女を支えられる言葉が浮かんで来ない。


「おれは、おまえを必要無いと、思ったことありませんし、……それに、」


 濡れた瞳が、おれを見る。ただ、それは本当におれを見ているのか不安になった。それでも、おれは言葉を続ける。


「おれは、これからもおまえに、隣りに居て欲しいと、思ってます」


 おれは、彼女を抱き寄せた。いつの日か、彼女がおれにしてくれたように、矛柔らかく包み込む。シンガーソングライターなら、ちゃんとメロディに乗せて歌詞に綴るべきなのだろうが、今のおれにはそんな余裕は無かった。ただ、今にも膝から崩れ落ちそうな彼女を支えるための言葉を伝えることだけが精一杯だった。


「……うん」


 彼女は、おれの言葉に目を細めて、小さく額いた。そして、彼女もおれの背中に控えめに腕を回す。その心地良いあたたかさに安堵する。


「ありがとう、ネズくん」


 この時の彼女の、その槌るようなその仕草に、おれは彼女からもらったものをこれから返していけると、信じて疑わなかった。
 あの後、何をしたかな。彼女を連れてみんなと合流して、確かユウリのカレーを食べたんだっけか。解散してから、おれは彼女を家に送って、頬にキスをして「また明日」と、そう言っておれは自分の家に帰った。んだと、思う。何だか記憶が朧気だ。アルコールなんて入れてないのに。
 翌日の朝、何故か、彼女の家のドア前に居た。迷いなく合鍵を差すと、ドアの鍵が施錠されていないことに気が付く。なんて不用心な。
女性なんですから、せめて戸締りはちゃんとしてください。それとも、おれが来るから開けておいたんですかね。まあ、不用心には変わりませんが。
 家に上がるなり彼女の名を呼ぶが、返事は無い。家主の許可無く上がることに気は引けるが、もう恋人になったのなら、もう気にしなくていいよね。一歩踏み出せば、廊下がやけに大きな音を立てて軋んだ。

 しかし、何故か音沙汰が全く無い。耳が痛いほど無音だった。再び名を呼んでも、廊下に反響するだけ。けれど、特に不思議には思わなかった。思いもしなかった。何も、考えてなかった。リビングとなるその部屋のドアを開ける。その、先には。
 ゆらり。ゆらり。天井から紐に繋がれて、振り子のように揺れる彼女の、どろりと闇が溶けたような、光の無い眼を見上げたのを最後に、おれの視界は暗転した。

 

 ──────────例外が発生しました。
 ファイル"game/script-ch7.rpy "、061行
 詳しくはtraceback.txtを確認してください。

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write:2020/02/17

​edit  :2021/09/25

 

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