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​2020/01/08

※死ネタ(?)

※元ネタ:サヨリ(ドキドキ文芸部)

 ゆらり。ゆらり。揺れる彼女の、どろりと闇が溶けたような、光のない眼を最後に、おれの視界は暗転した。
 

 ──────────例外が発生しました。


 気がつくと、おれはベッドで寝ていた。嫌な夢を見た、ような気がする。しかし、夢にしてはリアル過ぎるようにも感じた。全身冷や汗をかいたようで、肌に服や髪が張り付く感覚が気持ち悪い。重い身を起こせば、軽く頭痛もした。そのせいか、朝日が届きにくい西側の窓が、異様に眩しく見える。

「……ロトム」

『はーいロト!』


 いつもとは“何か”が違う、不思議な焦燥が寝ぼけた頭を必死に働かせる。ひどく喉が乾いていたが、掠れた声で辛うじてスマホロトムを呼んだ。現在時刻を確認するよりも先に、とにかく、確認したいことがある。


「ロトム、     にでん、わを、?」


 まるでハウリングのような音が脳に走り、彼女の名前をかき消す。おれは、いま、なんて言ったんだ? 自分の声なのに、よく聞き取れなかった。


『? そんな人、登録されてないロトよ、ぉお!?』


 スマホロトムも、寝ぼけることがあるんですね……なんて、悠長なことを言っている余裕なんてなく。おれは目の前を浮遊していたスマホロトムを引っ掴んで、急いで連絡帳を開く。

 だが、その中に目当ての名前がなかった。それどところか、電話の履歴や前日までやり取りしていたメッセージ、さらには写真までもが、消え去っていた。


「……アニキ、大丈夫? まだ寝ぼけてるん?」
「は? 誰だそいつ? ネズが知らねぇんじゃオレさまが知るわけねぇじゃん」
「ネズさん、何処か具合悪いのか? 顔色悪いぞ」

 

 おかしい。おかしいおかしいおかしい。

 なぜ、なぜ誰も、彼女のことを憶えていない? なぜ彼女のことを知らない? 
 マリィ、姉ができるってあんなに懐いていたじゃないですか。
 キバナ、いつもしつこく口説いていやがったじゃないてすか。
 ホップ、よくバトルの相談に乗ってもらっていたじゃないてすか。
 まるで、彼女だけ、最初から居なかったかのように、世界から切り離されてしまったみたいじゃないか。どこへ行っても、だれに聞いても、彼女は居なかった。住んでいた家にも、勤めていた職場にも、行きつけのカフェにも、彼女は存在していなかった。


 いよいよ、おれの幻想だったのかと、おれの頭が おかしかったのかと、思考が狂い始める。おれは、彼女の名前も、声も、顔も、容姿も、好みも、何もかもを、この身体に刻まれているというのに。誰も、憶えていない。誰も知らない。なぜ。どうして。


「ネズさん、どうかしましたか?」


 彼女を探してワイルドエリアに降り立って、ふらふら彷徨っている時だ。付けば目の前には、ガラルの現チャンピオンの、ユウリが立っていた。


「きみは、きみは覚えていますよね……?    の、こと、を……ッ」


キィン、とハウリングが裂くように頭に響く。名前を知っているのに、どうして、音に出すと聞こえなくなるのか。突然重くなる頭をとっさに抑えると、ユウリは「大丈夫ですか」とおれを支えるように肩に触れる。


 覚えていますよね? 前にポケモン交換してもらったとか、珍しいわざマシンくれたとか、仲良さそうにたくさん話していたじゃないですか。あれ、確かきみの紹介で彼女に会えたんでしたっけね。だから、きみだけは憶えていてくれないと、ほんとうに、おれは。


「……覚えていますよ」


 ユウリのやけに冷たくて、よく響く声が、おれの脳を強く揺らした。乗り物酔いしたかのような、気持ち悪さに、吐き気を覚える。……あ? れ。おれは、なにか、たいせつなものを、おとした、きが。


「みんな、    さんのこと、忘れちゃったんですね。どうしてでしょう、不思議ですね。でも、あたしとネズさんだけが覚えてるってなんか不思議ですね。……ネズさん? 大丈夫ですか? 顔色悪いですよ。膝枕します、少し横になってちょっと眠るといいですよ。ああ、あたしのことは気にしないでください。大丈夫ですよ、おやすみなさい。……おかしいな。完全に消したはずなんだけど。バックグラウンドに残ってたかな。よりにもよってなんでネズさんだけに残るのかな。ああ、でも、ネズさんと共有出来る秘密が出来たってことだよね。っふふ。でも後で調べて消しておかないと。あーあ、いつまでも目障りな女ね。もっと早く消してあげればよかった。そうすれば、ネズさんはあたしだけ見てくれていたのに。あんな女、最初から居なかったのに」

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write:2020/01/08

​edit  :2021/09/25

 

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