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​2019/07/20

恋愛において片想いの時が一番幸せ、といったのは誰だったか。「あの人、人間嫌いですから、振り向いてもらえませんよ。」同僚から先輩、隠、そして柱の方々にも言われた言葉。けれど、そんなことは承知の上。むしろ決して自分を好きになってくれないからこそ、振り向いてもらえないからこそ、わたしは熱狂的になれる。自分のすべてを捧げても構わない、その方のためならこの命を投げ捨てても構わないと想えるのだ。ただ、その横顔を拝見出来るだけで、わたしは幸福だったのに。──ふと、交わる視線。いつも崇めていたご尊顔が、こんなにもおぞましいと感じて、思わず背筋が震えた。気付けば壁際に追い込まれていて、逃げようにも両腕を壁に縫い付けられて抜け出せない。そうして遂には両脚の間に膝が入り込んで来て、いよいよ身体が密着した。「何故、逃げる。」何故。何故って。それは、あなたの考えていることが分からなくて恐ろしいから。それは、その水のような瞳の奥に自分が映ることへ烏滸がましさを感じるから。見初められるなんて、夢のまた夢みたいな話はそのまま夢が良かった。わたしは、主役に成れない。せいぜいその辺に転がっている石ころ役がお似合い。だから、貴方のような玲瓏とした人に、わたしは不釣り合いなんだ。「……好きだ。」苦しそうに囁かれる熱を孕んだその呟きは、口付けに淡く溶けていく。ひどくやわらかいそれに、わたしは心臓を鷲掴みされたように胸が痛くて視界が歪む。まるで、今までこの方を崇拝して来たことを咎められる拷問の様だった。

write:2019/07/20

​edit  :2020/08/04

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