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はじめは、ただの不注意だった。不慣れ故の手際の悪さ。こればかりは慣れるしかないと、ムベさんにひと通り作り方を教わって一人で黙々と作っていた時のこと。誰かに食べさせるわけでもない料理を無下にすることが出来ず、オレ一人で食うことを決めて作り続けたイモモチ。それをあろうことか、休憩に入ったせんせが空腹に耐えきれず一つ食っちまった。しかも「ん、おいひい」だなんて感想付きで。前せんせが言っていたんだが、あまり衛生上よくないらしい。だから料理を学ぶなら気をつけろと。オレはともかく、せんせが腹を壊さないかその日ずっと頭がいっぱいだった。しかし、それはどうやら杞憂だったようで、翌日いつも通りのせんせで安心した。オレが出したイモモチを今度は礼儀正しく手を合わせて食べるところを見るに、薬で治めた可能性も低いと考えられる。優しいせんせのことだ、多少味がおかしくても気にせず食ってくれるんだろう。そんな思いが過ぎり、オレはまたせんせを試したくなった。どれぐらい入れたらバレるのか。あの時はほんの少し切っただけだから、今回は意図的に五滴くらいは入れてみようか。悪いことをしていると自覚しながらも、疼く好奇心が止まらない。何よりせんせがオレの一部を美味いと言ってくれた瞬間、むず痒いような何とも言えない感情が背筋を走った。まるで、せんせを組み敷いている時のような薄闇の優越感。せんせは気づいてくれるだろうか。腹壊さねえだろうか。そんな期待と罪悪を感じながら、指先に刃物を滑らせる。皮膚が裂かれて焼けるような痛みすら、口元が緩んじまうほど快感だった。そうして入り混ぜたイモモチを、オレはなんてことないようにせんせに差し出す。事情以外で表情を崩すことの無いせんせの眉間に少しでも皺が寄ればと望みながら、口元の緩みが収まらないオレは指先の切り傷を隠した。

甘い呪いを召し上がれ

 

write:2022/03/15

edit  :2022/03/20

words by icca

瑪瑙(@_MNU260)名義

words by icca

 

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