Arceus
コトブキムラで、人が病死したらしい。最近は危篤な状態で、せんせはその最後を看取ったとか。
せんせは優しいから、きっと後悔してるだろう。救えるはずの命を救えなかった。前にコンゴウ団で葬式した時に参列したせんせが零した言葉を、オレは律儀に憶えている。偶然的にせんせに診てもらえたが、時は既に遅く、そいつはあっという間にこの世を去っていった。せんせはそれをかなり後悔したようだ。
そんな風に見境なく人を救う様子は狂気じみているが、そんな姿こそオレが見初めた女だとつい納得してしまう。
だが、オレたちは神様じゃない。人の生死なんて操作出来るわけがないのだ。
それなのに、せんせはいつも誰かが死ぬたびに、自分のせいだと言わんばかりに憔悴する。今回もそんなところだろう。
新月でいつも以上に暗い仮眠室の奥にある寝床で、胎児のように丸くなって横になるせんせに、オレも寝そべって背中から抱き着いた。一人分の寝床は、いつも狭い。今なんてせんせが肘打ちしたら、オレは下に転げ落ちちまう。
「……なに」
いつになく不機嫌な声に、オレは出来る限り明るく振る舞う。
「いや、落ち込んでるかと思って」
「……今そんな気分じゃない」
「ちげえよ」
せんせが、誰かに頼っている様子を見たことがない。あったとしても、ポケモンの診察をキネって人に頼む時くらいか。イチョウ商会から手渡された薬品がどんなに大量でも、せんせが一人で全部運んじまう。人を運ぶ機会が多いからか、腕っ節があるようだ。だから、何でも一人で解決しようとする癖がある。そんな性格だから嫁の貰い手が居ねえんだって、せんせが手当てしていた爺さんに笑われていたっけ。……今までせんせを貰おうと考える輩がいなくて、オレは助かったけど。
つまり、せんせは誰にも甘えられねえんだと思った。全部背負う必要のない重い責任を、いつも一人で抱えて。昼は人の目もあるから気高く振舞って、夜はこうしてうずくまって重みに耐える。オレが気付いてやらなかったらと考えると、せんせの腹に回した手に力が入る。
「じゃあ、なに」
「なんにもねえよ。……強いて言うなら、オレがこうしたいってだけだな」
オレもせんせも、抱えているものが違う。故に、せんせが抱えているものを半分どころか一欠片も持ってやることは出来ない。もし少しでも似通ったものがあったなら、オレたちはこんな歪な関係になんかなっていなかっただろう。
だけど、どんな形でもいいから、せんせとの繋がりを持ちたかった。オレの我儘を、せんせはただ受け入れてくれた。それがどんなに嬉しかったことか。だから、せんせもありのままの感情をオレにぶつけて欲しかった。誰よりも一歩足を踏み入れているオレにだけ、その柔らかな心に触れさせて欲しいと願う。せんせは絶対に拒まないから、きっと差し伸べられた手も気を遣って掴んでくれる。今だって。
「……そう」
狭い寝床でせんせが身をよじって、オレから離れるように距離を取る。それがオレのためのことだと分かっているので、すかさず距離を詰めてせんせを腕の中に閉じ込めた。その腕に手が添えられて、背中を預けるみたいに軽く凭れて来る様子に、単純なオレは歓喜で頭がいっぱいになる。せんせの全身から緊張が解けて、深い呼吸から穏やかな寝息に変わる頃に、腕に添えられた右手を絡め取る。
このヒスイで生きている人の命を抱えている小さな手、今だけはオレのもの。
冷たい右手の癒し方
write:2022/03/15
edit :2022/03/20
words by icca