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Arceus
ギターという楽器だけ携えて、ヒスイの大地に落ちて来た女。オレが拾ってやった当初こそ里の皆は訝しげな目を向けていたが、楽器を爪弾くと皆はいつの間にか虜になっていた。月が五つも過ぎる今なんて、祭に駆り出されるほどになっている。花より団子を体現したヨネのゴンベでさえ、その音色に食欲を奪われているようだ。凛とした音色のカミナギの笛とは異なる、何処か懐かしくて優しい音色。彼女の歌声も合わせれば、場をさらに温かくする。目を閉じて旋律に耳を澄ましていると、シンジュ 団が言う空間ってのが、少しだけ意味を理解出来たような気がした。きっと皆がそんな想いを抱いている中で、きっとオレだけが彼女の手の動きに集中している。小さくて丸っこい桃色の爪が、ひとつひとつ角度を変えて器用に弦を抑えている。まるで指それぞれに意思があるように蠢いている様子が、オレからしたらやけに厭らしく映った。しかも、柄のような部分を滑るように上下しやがる。以前あいつがガキどもに強請られて、手を根元から天辺まで滑らかに移動させた時なんか、思わず額を抑えちまった。呑気な歌声の合間に漏れる吐息の度に、どろどろになった顔が思い浮かぶ。そんな顔一度も見たことねえのに、妄想だけは一端なもんだ。そう悶々としていたら、やがて一曲が終わって皆が拍手を送っていた。あいつはそれを照れながら受け入れて、それからオレを見て微笑んだ。仄かに頬を染めているのは、オレを見ているからじゃない。それなのに、勘違いしたい妄想が頭の中で繰り返される。生唾を飲み込んだ音が、聞こえてねえといいんだが。
自制心の融解温度
write:2022/03/01
edit :2022/03/19
words by icca
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