Arceus
「リーダー聞いて、ノボリさんがね、」
オレに会うなり、あいつは袖口を摘んで引っ張った。抱きしめたくなるほど愛らしい仕草なのに、向けられる潤んだ目が本当に見ているのはオレじゃない奴ってのが憎らしい。忙しいからと払う選択肢もあるが、惚れた弱みか、こいつにはとことん甘くなってしまうのがオレである。
「どした? 虐められたか?」
なんて、卑しい嫉妬を隠していつもの笑顔を貼り付ける。幼い頃から知ってるこいつのことで知らないことが生まれるのが嫌だから、仕方なく残酷な立ち位置を受け入れているだけなのに。
「ち、違うよ! ノボリさんはそんなことしないもん!」
そう顔を赤らめさせて反論する様子からして、相も変わらず仲睦まじいようだ。それを感じ取って内心落胆するのは毎回のこと。オレはいつも、自分にとって都合の良いことばかり夢想している。
「わかったわかった。今晩家に行けばいいか?」
「うん! リーダーの好きなご飯作って待ってるね!」
これだけ聞けば、周りはオレが恋人だと思うだろうか。天地がひっくり返ってもあいつは振り向きやしねえから、外堀に淡く期待する。……外堀も、こいつらがコンゴウとシンジュのカップルであることはすっかり馴染んでいるが。
惚気け話を聞いてもらえるとなると、パッとあいつの顔が花開いた。きらきらとした目が、オレを映す唯一の瞬間。それから「ぜったいだよ!」と言いながら、嬉しそうにオレの元から駆け出して行った。
リーダーだとしても、男をおいそれを家に上げる女だ。きっとこんなオレのことを微塵にも考えていねえだろう。あいつからしたら、ただ頼れるリーダーに相談しているだけだから。オレはあいつが好む役割をしてやるしかない。
――ああ。オレは今日も良いリーダーとして、あいつの隣に居られるだろうか。
触れられない隣
write:2022/03/01
edit :2022/03/19
words by icca