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2022/01/25

※死ネタ

​※元ネタ:たったひとつの、ねがい(入間人間)

「ネズ、たすけて、たすけて」

 か細い声で泣き喚く彼女が失わていく瞬間を、おれは、瞬きせずに見ていることしか出来なかった。彼女が残された力を振り絞っておれに助けを求めているのに、唯一残された手を掴んでやることもしないで。ただ岩の向こうに閉じ込められた彼女の命が尽きていくのを、おれはただ全身で感じていた。
 以来、おれは夜を見失っている。
 おそらく、周囲が眩し過ぎることが分かったからだ。幸せそうで、楽しそうで、過不足なくて。昨日おれの大切な人が死んだっていうのに、みんな笑顔で充実してそうにしていやがる。彼女を見捨てた世界はこんなにも残酷に明るかったのだと、嫌でも思い知らされた。彼女はずっと、世界の眩しさからおれを護ってくれていたのか。今やおれの頭の中に残った彼女の残滓が乱反射して、視界をめちゃくちゃにかき乱すようになってしまったけれど。
 夜の無い世界は、何もかもが眩しくて何も直視出来ない。だからおれは、目を伏せ、顔を伏せ、体を伏せ、一層鬱屈になり、自室に引きこもった。惰性に眠り続け、緩やかな自殺を図る。夢の中で会う彼女は、新月のように輪郭が無かった。全身を岩で砕かれた彼女はただ、うわ言でおれに助けを求め続けている。
 あの時、彼女の命が失われる時、彼女を助けてやらなかったから。おれの視界は今も、世界の輝きに焼かれ続けているのだろうか。
 そんな懺悔の夢を醒させてくれたのは、実妹だった。きっと彼女自身も姉として慕っていた人が突然居なくなって戸惑っただろうに。駄目な兄がさらに駄目になってしまったことで、妹は大人にならざるを得なかった。


「アニキ、だめだよ。せっかくおねいちゃんが助けてくれた命なんやから。無駄にしてしもうたら、おねいちゃん安心して天国に行けん」


 鬱々とした空気が重くのしかかる部屋のカーテンが開かれた。たとえ日の入りが悪い部屋だとしても、それだけでおれの視界は真白く焦げていく。
 彼女は天国に行けたのだろうか。そもそも彼女は天国なんて場所を信じていただろうか。彼女は、何処に行ったのだろうか。
 あの五指がおれに触れることはないし、柔らかな四肢がおれに絡まってくることもなくて、緩く弓なりにしなる目で笑いかけてくれることすら二度とない。おれの部屋のカーテンを開けるのは、本当なら妹じゃなくて彼女の役割だったはずなのに。
 彼女の存在は、もう何も戻らない。その事実が、遅効性の毒のようにおれを蝕んで、確実に気を狂わせてくる。おれの安寧だった夜はある日突然、世界の光に食い潰され、白に塗れながら脆く消えていった。

 

write:2022/01/25

​edit  :2022/02/14

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