top of page

2021/11/22

※夫婦の日

​ 

 ネズくんは意外とパーソナルスペースが狭い。めちゃ広とまではいかなくても、なんだか他の人よりは敏感っぽいとか、そんなイメージがあったからかもしれない。妹ちゃんと仲が良くても、過度なスキンシップまでしてない様子だし。
 だから、恋人になってからは、わたしの肩に顎を乗せてくることが増えて、わたしは結構驚いた。立って料理している時から、一緒に座ってテレビを見ている時まで。乗せられる瞬間があるのなら、すかさず乗せて密着してくる。
 身長が近いから、乗せやすいのかも。ちょっと重いけど、まあわたしは嫌じゃないし。むしろそんな仕草を黙ってするネズくんが可愛いので、何も言わず自由にさせていた。
 そう、日常茶飯事だったのだ。わたしたちの中では。
「……オマエら、近くね?」
 それは、今回のガラルスタートーナメントのパートナーとなったキバナくんからの指摘だった。わたしはその時タブレットを持っていて、二回戦の対戦相手であるマスタードさんとクララちゃんについての対策をキバナくんと練っていた。わたしの専門である虫タイプ技は、毒タイプへの相性がいまひとつ。しかし逆は通常効果。これではどんなにこちらが素早くても、体力差で負けてしまう。エスパー複合のイオルブなら、何とか切り抜けられるだろうか。ハッサムなら毒を無効化できるけど、鋼タイプ混合だからキバナくんのフライゴンによる地震巻き添えが怖い。さらにマスタードさんは格闘タイプだから、ハッサムは効果抜群のダメージ大きいから、やっぱり初手はイオルブだな。そんなバトル構想を立ちながら話し合っていた時だった。
 パートナー(確かマサルくんだったかな)が席を外しているのか、ネズくんがわたしのタブレットを覗こうと、いつも通り肩に顎を乗せて来たのだ。わたしもいつものことなので、特に気にせず好きにさせていた。だって、いつものことだから。

 キバナくんに指摘された時に、ここがスタジアムの控え室であったことを思い出し、わたしたちに集中する視線にわたしは思わず「あっ」と声を零した。
 お互い特に必要性が無いからと納得して、周りにも付き合っていることを言っていなかったから、目の前のキバナくんの指摘はごもっとも。

 二人でキバナくんを見上げて、それから顔を見合わせた。間近にいるネズくんは、変わらず冷えた目の色をしていて、その中にわたしの目も映り込んでいることまで分かる。特別慌てるような仕草は無いから、わたしも特に慌てるような気持ちにはならなくて。とはいえ、ここは家ではないから、周りからしたら距離感がバグってるとしか映らないだろう。
 いっそのこと付き合っていること言っちゃおうかと、キバナくんを見て口を開こうとした瞬間、ふと肩から重さが無くなる。ネズくんがわたしから離れたのだ。それからゆったりとした動きで、わたしの前に背を向けて立ち、向かいのキバナくんに立ち塞がる。どうしたんだろう、と思った瞬間に、ネズくんはキバナくんの目に二本指を突き立てた。
「おわっ!?」
 直前でキバナくんが後ろへ避けたことで未遂に終わったけど、ネズくんは「――っち、」と舌打ちしながら、さらに攻め立てようと足を進める。これはヤバい、ネズくんはかなり不機嫌だ。そう直感したわたしは、必死でネズくんを止めに入った。
「ちょ、ちょっと待って! キバナくんが戦闘不能になったらわたしトーナメント棄権になっちゃうから!」
 何としてでもキバナくんを失明させようとするその意思は、きっと照れ隠しなんだろうなと考える。普段なら外では弁えていたみたいだし。どうして素が出てしまったのか分からないけれど、ネズくんがこんな風に取り乱す姿はかなり貴重だから、少しだけ嬉しい気持ちがあふれた。
 その日わたしとネズくんは、まだ恋人であるだけなのに、リーグ関係者たちにはすっかり夫婦認定されて、トーナメントの決勝でネズくんが「てめぇのせいだ」と言わんばかりの腹いせを、キバナくんに向けて攻めていたことはいうまでもない。

 ──わたしは、まんざらでもなかったんだけどなあ。

​ 

write:2021/11/22

​edit  :2021/12/12

bottom of page