生きづらい。
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2021/08/07
※お題ガチャより
※ネズ→夢主→←誰か
ノックの音で我に返る。おれはさっきまで何をしていただろう、と手元をみれば抱えているギターに作曲をしていたことを暗に伝えられた。
「ネズー?」
それから、ドアの向こうからおれを呼ぶ声がして慌てて「どうぞ」と声をかければ、薄く開いたドアからひょこりと彼女が顔を出した。その仕草が何だか子どもみたいで、少しだけ微笑ましく思う。
「お仕事終わった?」
「ええ、まあ」
進捗具合なんてさっぱり分からないが、何故かそう口が動いた。すると彼女は嬉しそうにはにかむ。
「ほんと? じゃあお買い物行こうよ。たまには外に出て歩かなきゃ」
「それもそうですね」
確かに冷蔵庫のストックが切れ始める頃だから、買い物に行かなければという考えが頭の中にあった。まるで、準備されていたかのように。それを不思議に思いつつ、しかし身体は自然とギターをラックに戻し立ち上がる。長時間椅子に座っていたのだろう、身体の節々が凝り固まっていて、軽く伸びをしながらドア前の彼女に近寄った。そして、彼女の身重な姿に驚いた。先ほどはドアの陰に隠れて見えなかったが、その膨らんだ腹はどう考えても──
「? どうかした?」
「っあ、……いや」
一瞬、みだりがわしい妄想が過ぎり、思わず歓喜に歪んだ口元を手で覆う。命に関わることなのに、軽率な自分が少し嫌に感じた。
「変なの。まあいいや、早く準備してね」
彼女はさほど気に留めない様子で内心ホッとした。そして、実感した。おれは、彼女と結婚したのだ。妊娠がきっかけだったとはいえ、彼女と一生を共にする気持ちではあったから、順番が違えど順風満帆。これから迎える彼女との愛子の誕生が待ち遠しがった。
「ねえ、ネズは何食べたい?」
ぐるん、と視界が明転して、周りの景色が行きつけのスーパーマーケットに変わる。隣にいる彼女は変わらず身重なままで、服装も同じであることから、先からあまり時間経過は経っていないようだった。
「おれは特に無いんで、きみの好きなもの食べたらいいよ」
嘘偽りのない、心からの言葉だ。つわりの酷くて食事も出来なかった時を知っているからこそ、彼女に食欲があることが奇跡のように思える。
「そしたらハンバーグ食べたいなぁ!」
「仰せのままに」
妊娠中は味覚が変わると言うが、彼女の場合は少し違うらしい。相変わらず子供舌な彼女に安心する。
それから店の中を二人で回り、合挽き肉とたまご、玉ねぎ、パン粉をカゴに入れて、ついでに彼女に駄々をこねられて無理やり入れられたお菓子類と、切れかけを思い出したおれのカフェイン断ち用のミントタブレットも。
「あとは買い忘れない?」
「おれは無いです」
「わたしもない、レジに並ぼ!」
「って、そんなに慌てなくてもレジは逃げねぇですよ」
大変ご機嫌にカートを押す彼女に苦笑しながらも、ありふれた日常の一コマが何よりも愛おしく感じられた。
「ネズ! お肉とたまご入れた!」
また視点がぐるん、と切り替わる。いつの間にか家に帰って来ていて、彼女と二人でキッチンに立っていた。身重で辛いだろうに、おれと作るのだと言って聞かないので、仕方なく簡単な仕事を割り振ってやる。
ひき肉の中にたまごとミルクに浸しておいたパン粉、それから細かく切った玉ねぎを入れて、塩こしょうで味を整えたら、こねる作業を彼女に任せている間おれは使い終わったカッティングボードとナイフを洗う。彼女はよほどご機嫌なのか、鼻歌交じりにハンバーグのタネをせっせとこねくり返していた。……こう、何か分担していると、少しだけむず痒くなるのはおれだけだろうか。共同作業なんて毎日しているのに、毎回この時間がかけがえなかった。
「ネズの作るご飯も美味しいけど、やっぱり二人で作ったご飯は格別だね!」
そんな言葉をその度に聞かされているから、きっとこれからも聞かないことなんてないと思う。
それから視点が変わることは無かった。使った食器を一緒に片付けて、テレビを観ながら一緒に笑って、妊婦の一人の入浴は心配だからというおれの意見を半ば無理やり日課にしたバスタイムも終えて。気がつけばもう彼女とベッドに潜り込んでいた。
「明日は定期検診だから、ネズも、一緒に来てね」
現在は順調に育っているとはいえ、いつ何が起きるか分からない。彼女は検診がある度におれの付き添いを求めてきた。一度たりとも断ったことなんてねぇんですけどね。仕事も検診の日に合わせてずらしていることを知ってるはず。そう思っていても、おれは彼女が欲しい言葉を知っている。
「もちろん行きますよ。その為に今日は早寝するんだからね」
横向きに寝転がる彼女を後ろから抱きしめてやる。きっと緊張して眠れないのだろう、縮こまっていた。こんな小さい身体の中に二つ分も生命があると思うと、何とも言えない儚さと尊さを感じる。
「……うん」
触れたところから伝わる鼓動に、不意に胸が締め付けられた。不安なのは、何も彼女だけではない。おれだって、どうしようもなく不安だ。彼女が居ない世界など想像つかないくらいに、彼女が目の前から消えてしまうことが怖い。だからこそ、手の届く範囲に居て欲しいと思う。
「ありがとう、ネズ。あなたと一緒なら、何とかなる気がする」
彼女の腹部に回した手に、彼女のそれが重なって来た。おれよりもあたたかい子どものような温もりに、突然睡魔がやって来た。もうすこし、もうすこしだけ彼女に寄り添いたい。しかし瞼が自然と下りてくる。
「おやすみ、ネズ。また明日ね」
「……おやすみ」
ブツリ、という音の次に目を覚ました時、それが夢の中だったことをすぐ認識出来た。……当然だ、おれの都合良く出来すぎていたから。ソファで寝落ちてしまったらしく、身を起こすと全身が強ばっていて、ほぐしながら周りを見渡せば、そこは普段と変わりないおれの部屋。守りたかった人も居ない。
あんな夢を見た後だからか。彼女には、おれではない別のやつが傍に居ることを忘れていたのは。
それでも、彼女を想わない時なんて無かった。不釣り合いな騎士役でも、夢の中だけでも、彼女との幸せを噛み締めていたいと考えてしまう。
おれは今も、彼女に恋をしていた。幸せだった。
write:2021/08/07
edit :2021/12/18