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​2021/07/15

※​相互さんのお誕生日

 

 日付が変わる1時間前後、そこに住んでいる人がどんな生活をしているのか、顕著に現れる時間帯だとわたしは思う。夜更かししている明るい部屋、豆電球がついている部屋、住んでいないのか真っ暗な部屋。耳をすましてみると、風がそよぐ音に乗って、どこかで楽しそうに、だけど夜遅いことに遠慮する忍び笑う声が聞こえてきた。
 そんなふうに周囲をキョロキョロと見回しながら、スキップしそうな勢いで歩くわたしは結構な不審者だろう。いつも「変なやつだ」と彼に呆れられてばかり。それでも、好きだから、わたしが楽しいから、ついやってしまう。真っ暗な道にそびえる街灯が、わたしを明るく照らしてくれた。
「こんなところにいやがりましたか」
「わあ」
「なんですかそのマヌケな声」
 暗闇から突然声を掛けられて驚いた。けれどその声は聞き慣れた彼の声だったから、驚き方も何だか間抜けなものになってしまうのも仕方ないんだと思っている。
「主役が居なくなってたんで探しに来たんですよ」
「うん、そうだろうね」
 でもおかしいなあ、騒ぎ続けるお店からそっと出て来たのに。しかもまだ5分も経ってないよ。
「まったく、また深夜徘徊ですか」
「違うよお、夜と踊ってたんだ」
 ほーら、なんてくるりと一回転しながら冗談を飛ばせば、いつもなら「何言ってんだこいつ」って顔をして連れて帰るのに。
「へえ、それじゃあおれとも躍ってくれませんかね」
 そう手を差し伸べられたので、思わずそれを凝視してしまった。意図が読めず手を重ねることにためらっていると、痺れを切らしたのか、差し伸べていた手がわたしの手を掴んで、身体を引き寄せられる。
「わあ」
「またマヌケ声」と、どこかご機嫌な彼の声が、上から降ってくる。どういう風の吹き回しだろう。
「……まあ、誕生日くらいきみの変な楽しみに付き合ってやろうかと思ってね」
 照れくさいのか、胸元に収まったわたしの耳元で囁かれる彼の意外な言葉に、わたしの顔はでれでれとニヤけた。軽く頭を小突かれたって、抑えきれないものは仕方ない。今日はもう、これ以上ないってほど彼からもらっているのに。
「誕生日じゃなくたって、いつだって付き合ってくれていいんだよ?」
「毎日12時過ぎても帰って来ないシンデレラを迎えに行く王子の身にもなってくださいよ。過労死しちまうって」
 お酒で浮かれているのか、彼らしくもない不思議で可笑しなことを言うから、お酒の入ってるわたしもケラケラと笑ってしまった。
「で、どうするんですか? 踊らないなら連れて帰りますけど」
「踊ります。踊ろ。何踊る? ワルツとか?」
 身体を少しだけずらして、ワンピースの端をつまみながら恭しくお辞儀をしてみる。ちょっとは淑女らしく見えるかな。
「タンゴとかどうです?」
「うわあ、ネズがタンゴなんて似合わないなあ」
「あ? その言葉、そっくりそのままお返しますよ」
 なんて軽口を叩き合うわたしたちは、周りから見たらバカップルなんて言われちゃうんだろう。それでも、彼が好きだから、彼との時間が楽しいから、ついやってしまう。真っ暗な道の上で、街灯をスポットライトに突然くるりと回ってみたり、微妙に合わないステップを踏んだり。お互いの忍び笑う声が、風に乗って何処かへ運ばれた。
 そうしてわたしたちの夜が、ゆっくりと更けていく。

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write:2021/07/15

edit  :2021/09/23

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