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​2020/08/25

※某方の呟きより

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 ネズくんは、音楽仲間だった。お互いにバンドの助っ人で呼び合ったり、楽曲を合作したり、たまーにポケモンバトルしたり、よく妹さんを交えてご飯食べに行ったり。
 周りから友達以上恋人未満だと囃し立てられた時は思わず否定してしまったけど、よくよく考えてみれば確かにそんな感じだ。しかし、ネズくんのことを男性としては意識してない。この関係に恋愛感情は無いのだ。何でも腹割って話せて、愚痴って、時には辛口のアドバイスもらって。
 お互い異性だなんて思ってない。ネズくんはわたしのことをおんなのこ扱いしないし、わたしもネズくんのことを男性として扱ったことは一度たりともない。

 ネズくんとは、親友。それはネズくんだって同じだ。
 だから、最近博士になったと言うオレンジ髪の女性と仲良さそうに、あのネズくんが紳士的に話をしている姿に、嫉妬なんてしないはず。
「すみません遅れました……って、酒くさ」
 事前にわたしの名前で予約しておいたバーの個室に、ネズくんが入ってくる。対してわたしはと言うと、先日の出来事に、自分でも驚くくらいのショックを受けて打ち拉がれていた。ネズくんを呼び出したのはわたしだけど、久々にネズくんと二人きりで食事だと言うことを無駄に意識してしまって。ネズくんが来るまでにモヤモヤを晴らそうとしこたま飲みあさっていた。
「きみが悪酔いするなんて珍しい。どうしたんですか? 仕事で何か嫌なことでも?」
 ボックス席だというのに、向かいには座らずわたしの隣に座ってくれる優しさに、何故かわたしの胸はズキリと痛んだ。

 ネズくんを異性と意識したことなんて無かった。でも、今ははっきりと意識してる。細く角張った手、男性的な喉仏、形の整った唇、窪んだ目の奥の淡い翡翠。さらには、心地良くて大好きなテノールがわたしの名を呼ぶものだから、わたしの声にならない感情が勝手に動き出してしまった。
 ネズくんの顔を、両手で慎重に包み込む。ネズくんはわたしの行動を不思議そうに見ている顔がちょっと子供っぽくて可愛い、と自分の口角が上がったのを感じた。ネズくんが何か言おうと唇を開いた瞬間、わたしは素早くそれに噛み付いた。シンガー故なのか、思いの外柔らかい感触をわたしは目を閉じて食むように堪能する。

 何秒、経っただろう。考えなしに飛びついたから息継ぎのタイミングが分からなくて、名残惜しむように、ちゅ、とリップ音を小さく立てながら少し唇を離す。薄目を開くと、ネズくんは先ほど起きたことに驚いているみたいで、いつも眠そうな目を見開いてわたしを見ていた。
 ――ああ、これで友達以上恋人未満の親友関係はおしまいかもしれない。

 そう頭ではぼんやり考えているのに、体は勝手にまたネズくんと唇を合わせる。今度は、少しだけ角度を変えて、下唇を軽く吸ってみる。息が持たなくなった時に離せば、ちゅぱっ、と個室に甘ったるく響いた。ネズくんはすっかり固まってしまって、ぴくりとも動かない。
 きっと嫌われちゃった。けれど、動かないことはわたしには好都合だった。次は舌を入れてみたいなぁ。……ねえ、ネズくんが嫌だと、止めろと言う限界まで続けるよ。だからどうか、不器用で憐れなわたしに、あなたの感情をちょうだい。
 そして三度目の正直なんて心の中で言い訳しながら、わたしは再びネズくんに唇を這わせた。

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write:2020/08/25

​edit  :2021/12/24

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