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​2020/08/12

※元ネタ:ちょびっツ

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 彼女はずっと『わたしだけのひと』を探している。それは、彼女だけを愛し、彼女に愛される存在らしい。どんなに打ち捨てられても、こっぴどく振られても、暴力を振るわれても。おれの知っている彼女は、いつも彷徨うように『わたしだけのひと』を探し求めていた。

「あの人は違った。それだけ」

 いつだったか、男女間のもつれの果てに刺された彼女が運ばれた病院で、窓の外を遠い目で眺めながら無感情に呟いた。見舞いで訪れたおれが居ようと居なかろうと関係が無いような様子だったのが、今も脳裏に焼き付いている。

 ──おれじゃ、ダメですか。

 思わず聞こうとしてしまって、とっさに口をつぐんだ。分かっているんだ、おれでは彼女の言う『わたしだけのひと』にはなれない。

 妹、街、歌、──彼女。どれも手放すことも、その中から一番を選び取ることも、おれには出来ない。きっと彼女も言わないだけで、おれの本質を見抜いているだろう。彼女はおれに見向きもしない。だから、おれではダメなんだ。

 傷心の彼女を見ていると想いを募らせ過ぎて胸が張り裂けそうになるから、早く『わたしだけのひと』が見つかって欲しい。とはいえ、彼女がおれじゃない誰かと連れ添って歩いているのを見ていると、自分の内臓がひとつひとつ潰されていくような痛みに苛まれてしまうから、どうしようも無くもどかしい。

 『わたしだけのひと』がおれであればいいのに、おれでは遠く及ばない。彼女の幸せを祈っているはずなのに、その幸せを祈ることも出来ない。誰よりも一番近く傍に居るのに、心は誰よりも一番遠い。

 それでもおれは、彼女と居たかった。たとえ、彼女にとっておれはどうでも良くても、おれみたいな優柔不断でダメなやつではなれなくても、未練がましく今の距離感に甘えてでも。

「ネズはさ、物好きだよねぇ」

「……人のこと言えますかね」

 そして彼女は今日も探している。おれではない『わたしだけのひと』を。

 

write:2020/08/12

​edit  :2021/12/24

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