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​2020/08/05

※診断メーカー「電車に乗って海へ行く」より

 諦念の立ちこめた曇りの日。誰も居ない列車で二人きり、それぞれ別のボックスシートに座る。

「ついて来ないでよ」

「行き先がたまたま一緒なだけですよ」

 奴との目も合わせない会話はそれきり。わたしは軽快に走る列車の音を聴きながら、流れていく窓の向こうを眺める。目的地に着く頃に立ち上がれば、わたしの様子をずっと眺めていた奴も立ち上がった。

「ついて来ないでよ」

「行き先がたまたま一緒なだけですよ」

 一字一句同じ会話をしながら、二人で無人駅の改札を抜ける。荒く舗装された道から外れて、草木が生い茂るけ足元の悪い獣道をかき分けて進んだ。奴は数メートル後ろに離れてわたしがかき分けた道を歩いている。くそっ、楽しやがって。しばらくして開けた場所にたどり着いた。柔らかい砂浜の先に見える、人っ子一人居ない物寂しい海。諦念の立ちこめたりはここでも相変わらずで、海はすすり泣きのような波音を立てながら薄気味悪い色をしていた。風が少しだけ肌寒くて、わたしは無意識に鼻をすする。

「風邪、引きますよ」

 いつの間にか隣に立っている奴が風邪だなんて言うから、身体が反応して悪寒が走った。

「そう思うなら上着貸しなさいよ」

「いやです。そうしたらおれが風邪引いちまいます」

「……なんなのよ、もう」

 潮風に当たる部分を少しでも減らそうと、そして冷えてきた体を温めようと、わたしは縮こまるようにしゃがんだ。いちいち癇に障る奴だ。こんな辺鄙なところまでついて来て、本当に。一人になろうと人の居ない場所に足を向けるたびに、奴は必ずついて来る。ついて来るなと言っても、行き先が同じだけと言うだけ。それを幾度も繰り返せば、偶然ではなく意図的だと言うことが見えて来た。だから誰にも言わずに此処に来ようとするのに、どういう訳かわたしの気配を察して駅に先回りしてるから末恐ろしい。

「……ひとりにさせてよ」

 ようやく絞り出せた本音は寒さからか震えていた。そう、わたしはひとりになりたかった。だからこうして、人はおろか、ポケモンさえも見当たらないところまで来ると言うのに。
「……ひとりで居る時間は、心が泣きそうになるでしょう。だからですよ」

 ……何、それ。

「意味分かんない、そんなのネズだけだよ」

「意味が分からなくて結構。……どうせ意味を聞かせたって、おまえには通じないんですから」

「あっ……そ」

 ああ、こいつ嫌いだ。はっきりしない奴に胃がムカムカして来た。奴と居ると結局いつもこうなる。わたしはそれがすごく嫌だった。イライラするために此処に来たわけじゃないのに。来る前のセンチメンタルな気分が台無しだ。泣き喚きたかった気持ちも薄れた。奴と一緒に居るだけで最悪だ。大嫌いだ。ああでも、奴と居ると少しだけ死にたい気持ちが紛れるんだよね。それだけは、まあ、嫌いじゃないかもしれない。
「ひぇ、ックショ! っあ~……」

 緊張が緩んでしまったからか、わたしは女の子らしかい大きなくしゃみをした。寒い。眠い。今日はもう、いっか。

「帰りますか」

 察したように奴が言う。くしゃみに触れないところは紳士だけど、ちょっと何か言って欲しい気もした。

「……うん」

 強ばった体を少しずつ伸ばしながら立ち上がる。ぼーっとするわたしを急かすように、奴は手首を掴んで後ろに牽いた。わたしはよたつきながらも、珍しく体温が高く感じる奴の後ろに続いて来た道を戻る。振り返る海の上は、諦念の立ちこめたりはどこまでも続いていた。一筋の希望さえ見えない、生き地獄を思わせる。こんな諦念を抱え込むなら、いっそ死んでしまえば楽なのに。

「ちゃんと前を向いて歩きなさい」

 わたしの手首を掴む力が強くなった。それはまるで、この生き地獄から旅立たせないような、宙に浮っく心を引き留めているような感覚がして、次こそは一人で来ようと、いつものように心に決めた。

​ 

あの日の波はもう深い海の底

 

write:2020/08/05

​edit  :2021/12/26

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