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​2020/06/24

※ネズ→夢主→誰か

​ 

 分かっていた、この想いが報われないことくらい。
 

「わたし、ネズくんの想いに応えられない」
 

 察していた、彼女に男の影があることは。

 気付いていた、彼女との会話には常にその男が居たから。

 知っていた、彼女が目指す先を行くその男しか見ていないことを。

 ──全部、分かっていた。


 けれど、おれは知らないふりをした。

 気付いていないふりをした。

 察していないふりをした。

 分かっていないふりをすればいつか報われると、信じて疑わなかった。


「その、……ごめんね」
 

 あやまらないでください、と自分の声が掠れて聞こえる。ひどく喉が渇いているようだ。


 おれに優しくしてくれる彼女も、おれに期待してくれる彼女も、おれに笑いかけてくれる彼女も、元々彼女の性格であり、特別扱いなんてことは無かったらしい。


「えっと、これからも友達でいよ?」
 

 困った笑みを湛える彼女が、右手を差し出す。それは、明らかに友好の証であるとともに、おれが抱える恋慕を打ち消す呪いでもあるような気がした。
 

 長年抱えていたおれの想いも、先ほどの思い切った告白も、このやりとりも、すべて無かったことにするための手。おれはそれに手を添え、器用に指を絡ませる。
 

 傍から見れば想い合う者同士がするような手の組み方で、思わずおれにとって都合のいい錯覚をしてしまう。幾分小さい彼女の手のひらは、しっとりと汗ばんでいて、心地良い鼓動が伝わってきた。


「……ネズくん」
 

 制止の意が込められているだろう彼女の声を、おれは聞かなかったことにした。おれを傷つけまいとする優しい彼女は振りほどきなどしない。だから余計に錯覚を加速させた。


 おれ以外考えられないようにさせたい。

 おれしか見えないようにさせたい。

 彼女の感情を揺さぶっておれと同じ錯覚をさせたい。
 

 報われたがる恋を、おれは無かったことにすることなんて出来なかった。

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write:2020/06/24

​edit  :2021/12/28

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