生きづらい。
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2020/06/05
※元ネタ:リズと青い鳥
幼馴染のネズは、わたしのぜんぶだった。
昔から周りの子たちよりも大人びていて、ものを言える自分を持っていて、容姿端麗でカッコよくて、妹ちゃんが引っ付いていたいほど優しくて。ずっとずっと、憧れていた。
その頃のわたしはネズのようになりたくて、服装を落ち着いたモノトーンのコーディネートにしてみたり、父から貰ったイーブイをブラッキーにしたり、楽器を演奏するようになったり、見様見真似していた。
ネズと同じところに立ってみたかった。ネズの見ている景色を共有したかった。ネズと同等に、なりたかった。大人になった今でもその想いは変わらない。
けれどわたしには、バトルの才能も、音楽の才能も、何も無かった。いつまで経っても追い付けない。そして、ようやく気づいた。ネズは選ばれた特別な人間で、わたしはただの凡才の人間だということに。
先日ネズはジムリーダーとして華々しい引退をした。ダイマックスなしであのドラゴンストームと渡り合ったんだ。音楽活動に集中していけたら、人気はもっと急増していくだろう。
わたしの隣で大きなギターを手いっぱいに抱えてたどたどしく歌ってくれた少年は、はるか先で人々に囲まれて力いっぱい歌っていた。
わたしは足元にも到底及ばない。トレーナーを辞めるなら今だと思った。親からも「そろそろまともな職に就け」と言われてた時期だったから、すぐ諦めがついた。悔いは無い。
それなのに、スパイクタウンの裏路地で再会したネズは「どうして」とわたしを真っ直ぐ見据えて引き留める。わたしなんて居なくても問題無いのに「何故辞めた? 辞められたら困ります」なんて戸惑うように言う。なにそれ? どうして? わたしの方が分からない。
「どうしてそんなに、わたしに期待するの? どうしてそんなに、わたしに目をかけてくれるの? わたし、ネズみたいにすごくないよ、何も無い普通の人だよ。ネズみたいに悪タイプが得意じゃないし、マリィちゃんみたいにバトルセンスもない。どんなに頑張ったって、一生勝ち上がりっこ無い。わたしなんかがトレーナーしてても、ポケモンたちに辛い期待させるだけなんだよ」
ネズが底辺のわたしに目をかけていてくれたことが、ずっと分からなかった。誰にも言うつもりがなかった感情がネズのせいで曝されて、ネズをまともに見返すことが出来ない。
幼馴染といっても、わたしが一方的にそう思っているだけかもしれないし、わたしなんかが幼馴染ではネズの評判も落としかねない。わたしのせいで、スパイクタウンが悪く言われるのも嫌。
なら、潔く辞めた方が良い。そうすれば気にならない。だからネズに言わずトレーナーを辞めたというのに。どこから情報を得たのか。
「おまえは、いつも勝手ですよね。ずっと切磋琢磨していこうって言ったのはおまえなのに、おれに相談無しで辞めやがって」
「……ネズには、関係ないもん。元々わたしが弱いのが悪いんだし。ネズは昔から強かったよね。わたしなんかが相手じゃ役不足だったんじゃない? 長年迷惑かけてごめんね。わたしの実力が追い付いてないのに、ジムリーダー頑張ってなんて、ほんと何様だよって感じだよね」
「っ、おれがいつそんなこと言った? おまえの努力はずっと見ていたし知っています。それがあったから、おれはここまで来れた。おまえがおれの隣で頑張って居てくれたから、おれもここまで頑張れた。おれはおまえに救われてばかりでしたよ」
「なに、それ。わかんない。わたしには、なんでそんなに言ってくれるのか分からないよ」
ずるい。本当にずるい。なんでそんなこと言ってくれるの? わたしはネズに何ももたらして無い。ネズはいつもひとりで決めて、ひとりで進んで、ひとりで悩んで、ひとりで解決して来たんでしょ。
「わたしが居なくたって、別に何も変わらないで「おまえがっ!」
ネズが唐突に大声を出して思わず慄いた。ネズも自分が出した声の大きさに驚きつつも続ける。
「おまえが最初に、おれの歌を褒めてくれてなかったら、ここに立っていられなかったかもしれないんですよ」
そんなこと、よく憶えているね。確かネズがマリィちゃんに子守唄を歌ってた時だ。
優しい歌声にわたしまで眠くなったほど。きっとわたしが最初なんかじゃない。ご両親とかが褒めてくれたはずだよ。その場にいたのがわたしじゃなくても、誰もが上手いねって言うよ。
「わたし憶えてないなぁ、そんなこと。そもそもわたしじゃなくても、」ネズの才能を認めてくれる人はたくさんいる。
そう言いかけたら、ネズは強くヒールを鳴らしながらわたしに近寄る。視線を逸らしていたわたしは、数歩離れていただけの距離にすぐ反応出来なくて、ネズの腕の中に閉じ込められた。
「ん、なっ……!? 何すんの!?」
憎らしいほど細い身体から抜け出そうとしても、男女の力差なのかなかなか抜け出せない。
「……大好きのハグ、ですよ。おまえ、昔よくおれにやってたでしょう」
懐かしい響きに鼻の奥がツンとする。やってた。大好きな人に抱き着くのが好きだった。といっても、抱き着くのは家族かネズとマリィくらいだったけど。
小さい頃は許されていた。無闇に抱き着くのは止めろと、顔を真っ赤にして照れ隠しに怒るネズが居たっけ。いまはもうやってない。特にネズに対しては出来なかった。
「おれ、期待してましたよ。おれに優しくしてくれて、おれと一緒に居て楽しそうにしてくれて。大好きのハグなんて言うから、本当におれのこと好きなんだと思ってました。その時のおれは照れ臭くて言えなかったけど、今なら言えます」
「い、」いやだ。聞きたくない。
耳を塞ぎたくても、ネズの口が耳元に寄っているから、防ぎようが無かった。
「おまえの足音が好きです。おまえの笑い声が好きです。おまえの話し方が好きです。おまえの髪が好きです。おまえの戦い方が好きです。おまえのポケモンに対する想いが好きです。おまえの、おまえのぜんぶ、」
耳元で呟かれる声は小さくて苦しそうだった。心臓が早鐘を打っている。それが自分のものなのか、それともネズのものなのか、分からないほど。
嬉しいのに、つらい。ネズはわたしを過大評価している。わたしはネズに好かれて良いはずが無い。ネズに対して酷い感情も持ち合わせていた時だってあったのに。
「わたしそんな良い人間じゃないよ、むしろ軽蔑されるくらいの、」
「それでもいい」
ネズの腕に力が入った。まるで何処にも行かないように、逃げ出さないようにしているみたい。
「それでも、いいです。おまえがどんな人間でも、おれはそんなおまえが好きなんです。おまえが他に好きな人が居ても、おれはおまえしか考えられないよ」
愛の告白というより自白のような想いに、わたしはついに鳴咽を漏らしてしまう。聞きたくなかった。ネズにはもっと素敵な人が、隣にふさわしい人がお似合いだから。わたしじゃ駄目なのに。ネズの背中に手を回して、ジャケットにしがみつくように抱き返す。
「わ、わたしはッ、ぅ」
嗚咽で上手く声が出せない。呼吸もままならない。それでもネズはわたしの紡ぐ言葉を待ってくれて、その優しさが苦く心にしみる。
「ッたしは、ネズの歌が……っ」
「……はい」
「ネズの、手とかっ。優しっ、い、目とか、声とかっ、ネズの、ネズのぜんぶっ、」
わたしだって、ぜんぶ好きだ。ずっと好きだった。きっとネズが自覚する前から。でもネズは、わたしのことなんて興味ないだろう。どうせわたしがトレーナーを辞めても、ネズは気にも留めないものだと、そう思っていた。
だから、後ろ姿を眺めることに疲れてしまった。見向きされないなら蓋をして無かったことにしてしまいたかった。ネズから、逃げたかった。
「好き……ッ」「好きです」
ネズとわたしの声が重なる。優しく切なく響いて、じんわりと心に浸透した時、わたしは思い出す。
「は、ハッピーアイスクリームっ!」
がばっ、と上体をはがして、腕を緩ませていたネズを向き合う。突然の発言にネズは色素の淡い目を丸くしていて、わたしは条件反射でムードぶち壊して叫んだことに顔が熱帯びて来た。
「や、あの、これは、その、」
「ふっ、くくっ、」
もごもご言い訳を探していると、ネズが堪えるように笑い出した。そのくしゃっとした笑顔に、何故か安堵する。久しくネズの笑顔を見ていなかったからかもしれなない。ひとしきり笑ったネズは、とても穏やかな顔をしてわたしを見つめていた。
「アイス、食べに行きますか」
「や、食べたかったわけじゃなくて」
「デートに誘ってるんですよ」
「う、あっ」
離れた身体の代わりに繋がれた手と絡む指。歩き出した体勢は背中を見つめていたけれど、振り返ったネズは、自身の隣へわたしを引き上げた。まるでわたしが考えていることを知っているように。その腕の強さに思わずときめいた。これからネズの隣に立っても良いと言ってくれたみたいに感じられて、昔のわたしが跳ねるように喜んでいた。
あれ、最初何の話をしていたっけ。忘れてしまったくらいに、何だか心が清々しい。
「トレーナー辞めるなんて、撤回してくださいね」
ああ、そうそう。そんな話。
「でも、わたし弱いよ」
「伸びしろがあって良いじゃねえですか。タチフサグマはきみのブラッキーのことライバル視してるから、いなくなっちまったら張り合いが無くなって落ち込んじまいます」
「そっ、か。……えへへ」
物は言いようだなぁ。でもそんな風に言い換えてくれることが嬉しくて、気付けばわたしはネズの腕に抱き着いていた。
ありがとう、ネズ。──だいすきだよ。
write:2020/06/05
edit :2021/12/28