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2020/05/11

 年頃の娘が集まると、決まって持ち上がる話題がある。

「ソニア、最近アイツとどうなのよ」

「えっ? べっ、別に? 何も、ないよ……」

「あなたたちいつまで経っても進展しないわね」

「る、ルリナこそ! あの人とはどうなの?!」

「んなっ! わたしのことなんていいでしょ!」

「なーんだ、ルリナも同じじゃん」
「うるさいわねっ!」

 恋する乙女が揃うと何とも姦しいことか。友人たちの話を右から左へ、左から右へ聞き流しながら、頼んだ紅茶を啜る。ダージリンが7、アッサムが3のこのカフェオリジナルブレンドの紅茶は飲みやすい。わたしはストレートで飲むのが好きだった。

「ちょっと、あなた何素知らぬ顔してんのよ」

「ん? いやあ、若いっていいなぁって思って」

「なーに言ってんの、同い年じゃない! 急におばあさまみたいなこと言わないでよ」

「それより、あなたには居ないの?」

「え、何?」

「何って、決まってるじゃん!」

 話の矛先がいよいよわたしに向く。ワクワク、と二人の目がキラキラ輝いていて、わたしは内心ため息をつい
た。

「特に、何もないよ」

「何もないわけないでしょ? あんなに身体密着させてて」

「そういう演目、そういう演舞、そういうバレエなの」

「あんなに魅力的な人が揃ってて何も感じないっていうの?」

「そんないちいち色恋沙汰になってたら、バレエなんて今の今まで残ってないよ」

 わたしの仕事はバレエダンサーだ。昔はジムチャレンジしていた、飛行タイプ専門のトレーナーだったけど。二人はその時からの親友。といっても、二人は今もポケモンと関わっている。ポケモン博士とジムリーダー、そしてバレエダンサー、改めて考えるとおかしな組み合わせだな。

 ぼんやりとしながら、また紅茶を啜る。

「あ、じゃあさ、最近ネズさんと何がなかった?」

「んぶっ」

 啜っている時にそんなこと聞かれるから、わたしは吹き出しそうになる。

「な、何故そこでその人……?」

「ちょっと、バカソニア」

「え? いやだって、」

 集まる度に聞かれる、ネズさんとの関係。関係も何も、話したことなんて片手で数えられるくらいだから、ただの顔見知り程度なんだけど。

「いつも聞かれるけど、ネズさんとは今まで何もないけど」

 そう言うと、二人は目を見開いて、それからガックシと項垂れた。

「こっちも進展なしかぁ……」

「なんて?」

「いや、何でもないのよ……」

 わたしは二人の話についていけず、首を傾げるしか出来ない。

「まあ、この先わたしは恋愛とかしないと思うよ。今はバレエが楽しいし、他のことまで気が回らないよ」

 ずっとやりたかったことが出来ているから。だからわたしは今の環境を存分に楽しみたい。

「……ネズさん、道のりは険しいわよ」

「わたしたちがフォローしてあげるからね……」

 

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 自分が望んでこの道を選んだことは分かっている。とはいえ、全く見向きもされないと流石にへこたれてしまうのものだ。

「世間を賑やかすミュージシャンも、ひとりの女に振り回されるとはなァ」

「なあキバナ、その人はオレも知ってる人なのか?」

「あ? 昔からソニアちゃんやルリナとつるんでた、飛行タイプの使い手だよ」

「……あまり印象が無いな」

「まあ、それも仕方ないかもしれないな。だって今はバレエダンサーしてるし」

 特に、今のように酒の肴にされている時なんか、自分のアプローチの下手さに打ちのめされる。どんなにラブソングを歌ったって、彼女が聴くことなんてない。そもそも彼女はクラシックが専門。ロックを耳に入れる機会など無いだろう。

「でも不思議だな。ネズはああいうタイプ毛嫌いしてると思ってた」

「……そうですね、否定はしません」

 しかし、だからと言って全てが全て嫌いというわけでもない。彼女は、ただ興味が無いだけ。力を振りかざすことにも、おれみたいな奴がいることにも。

「ネズはどうしてその人のことが好きになったんだ?」

「ちょ、ダンデ、ストレート過ぎ」
「キバナだって気になるだろう? バレエダンサーをしている人とネズの接点なんて想像がつかない」

 まあ、確かにそうかもしれない。おれ自身も驚きですよ。ミュージシャンとしても、ジムリーダーとしても関わったことのない人物に、これほどまで心奪われるなんて。

「で、おれがそこまで打ち明けるとでも?」

 酔いが回っているとはいえ、少し喋り過ぎてしまった。何故馴れ初めを語らねばならない。今まで会話すら片手で数えられる程度しか無いのに。

「つれねーなァ、オレさまたちが協力してやるって言ってんだよ」

「俺に出来ることはないか?」

「何もありません、だから関わるな」

 人の色恋沙汰に首を突っ込む野次馬ほど、迷惑なものは無いだろう。ただえさえ先日、あのソニア博士とルリナにバレて、根掘り葉掘りと洗いざらい処刑させられたというのに。

「そんな言い方あるかよォ。よしダンデ、アレ出してやれ」

「ああ、アレだな!」

 そう言ってダンデが取り出した、絵柄に見覚えがあるチケット。即時販売終了したと噂される、彼女主演の人気公演。見事オンライン販売とライブの時間が合ってしまって、それきりだった。そうして仕方なく諦めたものが目の前に現れたら、誰だって目を見開くはず。

「さーてネズくん、ここにダンデのコネで獲得したチケットがあります」

「今度シュートスタジアムでバレエの野外公演やるらしいな。その打ち合わせの時、少し無理言って貰ったんだ」

「お、おまえら……!」

 おかしいと思った。ダンデの呼び出しの先にキバナ、それから彼女の話。全て合点がいく。

「オレが居れば楽屋に通してくれるんじゃないか?」

「職権乱用じゃねぇですか……」

「まあまあ、使えるモンは使っていかねーとな」

 さて、どうするネズ? 悪魔の囁きに、おれは語るに落ちるしかなかった。
 

write:2020/05/11

​edit  :2021/12/15

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