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​2020/05/10

※ネズが夢魔(インキュバス)

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おれはどうやら、人間の胎に孕まされた夢魔だった。しかし、おれは夢魔としての力は弱く、人間の夢の中に現れることは出来ても、夢の中で孕ませることまで出来ない失敗作。今日に至るまで、おれはほぼ人間として人込みの中に溶け込み生き永らえている。とはいえ、本質は夢魔。人間として振る舞っているものの、人間が食する物が食べられなかった。身体が受け付けられないのだ。食すとしたら、人間の欲――とりわけ性欲がおれの好物であった。だからだろうか、人間の性欲に敏感になっているのは。例えば、そう。あの純真無垢で穢れなんて知らなそうな幼い顔立ちのシスターでさえ、乏しい知識ながらも快楽を求めて、自身を慰めていることに気が付くのも時間はかからなかった。愛らしいシスター、毎夜寂しいのでしょう? おれが慈愛で満たしてあげますよ。その晩、シスターの夢に忍び込み、おれは夢の中で胎に精を注いで焼印を施す。子は成せずとも、これくらいならば造作もない。そして、現(うつつ)でおれに声を掛けられたら最後、彼女は自らの胎におれの子を孕むまで求め続ける。おれはそれを受け容れても良いし、酷くあしらっては夢の中で慰め続けても良い。どちらにせよ、シスターの浅ましく媚びへつらう姿は見物だろう。おれに目をつけられて可愛想に。愛しい女性(ひと)よ。

 

 

 

今日もまた、自身を慰めなり夢を見る。あの人と、婿合する夢。誰よりも甘く名を呼んで、誰にも触れられたことの無い場所に触れて、わたしさえも知り得なかった痴態を暴かれて。どんなにわたしが卑しくても、やさしく受け容れてくれる。どんなにわたしを罵っても、その腕の中に抱き留めてくれる。たまに街で見かけるだけ、話したことも無いのに、あの人がわたしに触れる手はまるで恋人にするようなもので、勘違いしてしまいそうになる。想えば想うほど、心臓が強く脈打って、股下が疼く。はやく会いたい。あの人に穿かれたい。妄想じゃ足りない快味が欲しい。願いながら自分を慰めて果てれば、そこはわたしが望んだ夢の中。白いシーツの海でわたしは、あの人に与えられる悦楽に喘ぎもがく。 パライバトルマリンのような双眸が、心酔するわたしを見据えている。恥ずかしくて目を逸らしたくても、決して目が離せなくて、せめて目を遮ろうとしても、その手首を縫い付けられてしまった。奥へ奥へと抉られる内蔵が悦び、全身が何度も痙攣する。律動は激しくなるばかりで止まらない。わたしが喉が焼けるほど怖いても終わらない。何度意識を飛ばしそうになっただろう。脈動して岩漿を放たれる感覚は、どこまでも幸福感に満ち溢れていた。あの人はわたしの手首から手を離して、未だに結合している部分の上、わたしのへその下に両手を置く。快楽で何も考えられない頭でぼんやり見つめていたら、触れられた箇所から熱い何かが込み上げてくる。なんだろう、わからない。ジクジクと焼印を施されるような息苦しさに、わたしは咄嗟にシーツを掴んだ。ひどく痛いのに、わたしの脳はそれに歓喜していて、縮こまった全身に先ほどまで巡っていた甘い電撃がまた走り始める。やっとまともに呼吸が出来たわたしは、何処も彼処もどろどろになっていて、あの人はそんなわたしを見て満足気に破顔するものだから、わたしも嬉しくなって口角が上がった。ふと目元に光が差して、眩しさにわたしは思わず目を閉じる。次に開いた時は、そこはわたしの部屋だった。カーテンの隙間から漏れる朝日に、いつものように乱れた様子でわたしは目覚めた。下がひどく濡れていて気持ち悪い。ネグリジェも汗で張り付いて来る。──ああ、また聖職者にあるまじき行為をはたらいてしまった。時間はまだ余裕があるものの、わたしは起き上がり纏っていたものを全て脱ぎ捨てる。そうして一糸まとわぬ姿で鏡の前に立った時、へその下に見覚えのない痣があった。それはまるで、女性の胎のような……そこでわたしはひとつの可能性に気付いた。夜な夜な夢に現れるあの人、まさか夢魔? そんな、おとぎ話みたいな。でもこの紋様は? 震える手でそこを撫でれば、なんとも言えない感覚に、思わず腰が抜けた。ゾクゾクとする胎内にわたしは絶望し、ドキドキとする心臓にわたしは期待した。わたしは、あの人の姿をした夢魔に、見初められたのだ。

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write:2020/05/10 - 2020/05/12

​edit  :2022/01/05

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