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​2020/04/19

※元ネタ:鰻屋の幸福日(虚構推理)

​※夢主がネズに殺されています

 ネズに、殺された。

 その理由は、わたしを誰にも渡したくなかったから。ただ、それだけ。
 ネズの独占欲は、とにかく異常だった。出かける時も必ず付いてくるし、一緒に居られない時はGPSで追跡してくる。生きがいでもあった仕事を無理やり辞めさせられて、以来ずっとネズの家に閉じ込められる日々。
 もう、わたしへの執着と言ってもいい。
 付き合い始めた頃は、ひとつの愛の形だと想った。しかし、こうも生活しづらいと流石に嫌気がさしてくる。

 ついに耐えきれなくなったわたしは、ネズに別れ話を切り出した。お互いが冷静で居られるよう、加えて、ネズに変な行動を取られないよう、人目のあるカフェで。

 ネズは、わたしが他の男と結ばれるのは認められない、と言った。お前は何様だ。既に冷めていた気持ちが氷点下に落ちていく。一時でもこんな男を好いていた自分が気持ち悪く感じた。
 もう付き合っていられない。わたしは一方的に別れを告げて、飲んでもいないコーヒーの代金を置いて店を出た。ネズは追いかけて来なかった。──はずだった。
 だから、油断していた。
 夜の帰り道、わたしは誰かに街壁へと突き飛ばされて頭を強く打ち、運悪く死んだ。誰かなんて分かりきっている。ネズだ。わたしはネズに殺された。
 そんな真実は語られる訳もなく、わたしの遺体が発見された状況から、路上強盗に襲われたと断定された。ネズがそういう風に捜査が進むよう、貴重品を回収してしまったからだ。
 そうして、わたしを死(もの)にしたネズは、面白いほどに憔悴していった。
 わたしの葬儀の時なんて、恋人を喪って心労が募っている様子を装い、ふらついてみせるほどの演技も見せた。
 ほんとうに、この男の何もかもが恐ろしい。
 さらに周りに同情を買うためか、わたしを殺してしまった罪に苛まれて不眠になり、目元の隈が深くなって、元々細い身体はさらに痩せ細っていった。ネズの身勝手で奪った命(わたし)なのに。
 遂には、自首という言葉まで脳裏に過ぎらせるほどまでになっていた。
 ──許せない。赦さない。何もかもネズのせいなのに。
 だから、夢に化けて出てやった。するとネズは嬉しそうにわたしに縋る。

 会いたかった。ごめんなさい。きみのことを愛していたんです。

 陳腐な言葉を並べたって、わたしには響きやしない。そんなに嬉しいか、殺(あい)した女が出てくるのは。
「ねえ。ネズ」
 わたしは微笑んで、ネズの縋り付く手を振り払う。
「あんたは罪の意識なんかで体調を崩すような、まともな人間なんかじゃないんだよ」
 それから思い切り、ネズの身体を蹴り飛ばした。バランスを崩したネズは静かに背中から倒れる。
「あんたには独占欲が高じて恋人を殺しておいて、反省する心なんて無いから」
 わたしは満面の笑みを浮かべて、仰向けに倒れたネズの心臓があるところを踏みつける。
「わたしはさ、あんたが『自分は罪悪感の持てるまともな人間』って思っているの、ムカつくんだよね」
 力を込めて踏み躙れば、ネズはひどく顔を歪め、苦しそうに呼吸を荒くした。
「ねえ。ネズ」
 その症状、罪を償えば治ると思ったんだろうね。自首しようって周辺整理して落ち着いた気分になっただろうね。
 でもそれは、かなしいことに、気のせいなんだよ。
「その重くて眠れない身体は、とーっても生きづらいでしょう?」
 だってわたし、あなたに取り憑いているんだもの。その重さは、わたしの呪(あい)だよ。ネズなら、受け入れてくれるよね?

​良いご余生を

write:2020/04/19

​edit  :2021/12/05

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