top of page

​2020/04/06

※診断メーカーより

​ 

「ヤキモチ焼いてもいいですか」

 お酒の席での言葉なんて、ほとんど冗談みたいなものだ。言った張本人もだいぶ酔っていたし、わたしも結構飲んでいた。だから「いいよぉ」と軽い気持ちで了承してしまったのだ。元はと言えば、これが発端だったんだ。
「誰ですか、さっきの男は」

 今回も、シュートシティに用事があるから食事でもどうか、と連絡が来て、特に予定も無いし食べることは好きなのですぐに返事をした。

「えっ」

 その当日、ネズは何故か大変ご立腹だった。その眼窩の鋭さに思わずゾワリと身震いする。

「えと、あの人アローラからの観光客みたいで、道を聞いてきたから教えてたんだけど……」

 何か悪いことをしてしまったような気がして、声が尻すぼみになっていく。何故ネズは怒っているのか、よく分からない。そもそもこんな風に不機嫌を人にぶつけて来ることが今まで無かったから、余計に戸惑った。

 オロオロと慌てふためくわたしの様子を凝視してたネズは、自身の顔を片手で覆いながら深くため息をつく。

「……すみません。幼稚でした」

「えっ? あ、いや、わたしの方こそごめん……」

 訳も分からず反射的に謝り返したら「なんでおまえが謝るんですかね」と照れ臭そうに笑うから、わたしもつられて「あへへ」と変な声で笑ってしまった。
 待ち合わせでそんなことがあったから、ネズだって彼女つくってその子と行けばいいのに、ミュージシャンなら選び放題では、とふと頭に過る。
「そういえば、なんでネズは彼女つくらないの?」と聞いた途端、ネズは信じられないと言いたげな顔で「はァ?!」と素っ頓狂なシャウトをするから、鼓膜がイカれそうになった。

「うわ声デカ、びっくりしたぁ」

「びっくりしてるのはこっちの方ですよ?! おまえ自分の言ってること分かっていやがるんですか?!」

「えっ、うんまあ一応」

 ネズの迫り来る剣幕に押されながらも素直に頷けば、ネズはガックリ項垂れてしまい、わたしはかける言葉に迷った。
 とりあえず落ち着いて話せる場所にネズを連れて移動する。夜の公園は人気が少ない。加えて、街の喧騒が木々に遮られて、別空間に迷い込んだような静けさが漂っていた。

 適当なベンチに並んで座って、わたしたちは目の前の緑をぼんやり眺める。聞こえてくるのは、草木が夜風に撫でられる音と、わたしたちの呼吸だけ。しばらくして、ネズがゆっくりと切り出した。

「……おれは、おまえのこと、彼女として接していました」

「えっうそ、いつから?」

「……これは新手の拷問ですか?」

 聞けば、あのお酒の席でのやりとりで、わたしはいつの間にかネズの彼女になっていたらしい。
 確かに、あれから度々ネズにライブやショッピングに誘われることが増えたような気がする。

「どうりで齟齬が生じるわけですね」

「いやだって遠回し過ぎるでしょ。分からないじゃん、お酒飲んでたし、ネズはミュージシャンだし。遊ばれてるみたいな感じなの、イヤだし」

 ネズのことは嫌いじゃない。むしろ好きだ、人としても男性としても。誘われることだって嬉しかった。でも、それは友人として接しているものだと思っていたし、きっと本命の子がいるとも思っていたから。彼女だなんて夢のまた夢のように考えていた。一言で言うなら、憧れの人。だから、わたしは未だにネズのわたしのことを好きだっていう言葉が信じられなかった。

「おれがそんなつまらない冗談を言うとでも?」

「め、滅相も無い! でもさ、やっぱ分かりにくいよ。わたしはストレートに欲しかったなぁ」

 なーんて、ネズはアンコール無いもんね。と続けようとしたけれど、出来なかった。左隣に座っているネズが、わたしの左手に自身の右手を絡ませて来たから。ぬくい人肌と骨張った感触に思わずドキリと胸が高鳴る。それを凝視していたら、ネズのテノールで名前を呼ばれた。顔を上げれば、アイスブルーの瞳で真っ直ぐこちらを見据えるネズ。

「きみが好きです」

 薄色の唇が、愛の言葉を象る。まるで映画のワンシーンみたいな状況に、わたしは「あ、」とか「う、」とかしか声が出ない。顔面が沸騰するくらい熱い様子から、きっとオクタンみたいになってるだろう。それなのに「返事は?」なんて嬉しそうに強要してくるから「わたひも、好きでしゅ……」と正直に告白するしか出来なかった。

​ 

write:2020/04/06

​edit  :2022/01/11

bottom of page