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​2020/04/01

※自己愛希薄と執着

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ネズくんは、わたしの癖である『わたしなんか』という言葉を嫌っていた。その単語を聞くと、ネズくんは必ず顔を顰めて「なんか、じゃねぇです」とぶっきらぼうに言ってくれる。けれど、わたしはやっぱり『わたしなんか』だった。『わたしなんか』よりも、ネズくんを想っている人が居る。『わたしなんか』よりも、ネズくんを解ってくれる人が居る。『わたしなんか』よりも、ネズくんと釣り合う人が居る。『わたしなんか』でなくとも、ネズくんにはもっと相応しい人が居る、はず。なのに、わたしは今日もネズくんの隣にしがみついている。『わたしなんか』と聞いて顰め面しても隣に居させてくれることが好きだった。なんの取り柄もない『わたしなんか』を見てくれる淡い青の瞳が好きだった。存在価値のない『わたしなんか』の言葉に耳を傾ける仕草が好きだった。わたしは、ネズくんが好きだから、『わたしなんか』の隣に居ては欲しくなかった。だから、『わたしなんか』に愛想を尽かしてくれれば諦められる理由になるから、それが一番良いと想った。それなのに、ネズくんは『わたしなんか』には似合わない言葉をくれる。『わたしなんか』に構ってくれる。『わたしなんか』の傍に居てくれる。嬉しいのに悲しくて。楽しいのに気まずくて。やっと分かった。『わたしなんか』が居るから、ダメなんだ。少しずつ距離を取る。けれど取った距離以上に近付いてきて、怖かった。ネズくんはおかしかった。 『わたしなんか』で壊れていくネズくんを見ていたくなかった。ネズくんの視界から『わたしなんか』を消したかった。そして、最初で最後の逃走劇。「バイバイ」わたしはネズくんの前で、自分の首にナイフを当てて横に滑らせて死んでみせた。死がふたりを分かつことを、ネズくんに知らしめた。ネズくんはこれで『わたしなんか』に愛想を尽かしてくれるだろう。もう忘れてくれるだろう。そう、思ったのに。「地獄で結ばれましょうね」わたしの首を切ったナイフを拾い上げたネズくんは、あろうことかわたしと同じように自分の首にナイフを当てて横に滑らせた。「お揃いですよ」そうでまでして追いかけてくれるネズくんが嬉しいはずなのに。なんでだろう、最悪だ。

 

write:2020/04/01

​edit  :2022/01/20

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