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​2020/03/19

※元ネタ:死んだバラと悪魔のはなし(暁Records)

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──悪魔。魔女。人でなし。
 誰に何と言われようと、何とも思わなかった。気にも止めなかった。他人の戯言なんて、どうでもいい。

 ……そのはずだったんだ。
 わたしに投げ掛けられる言葉を、あの人はどう思っているのだろうか。わたしの話を人伝に聞いて、何を考えているだろうか。わたしのことを嫌っただろうか。周りと同じように、悪魔だとか魔女だとか、そう思っているのだろうか。
 そうしてはじめて、誹謗中傷がこわいと思った。
 あの人はそんな人ではない。ただの噂で、ただの呼称で、流され判断するような人ではない。あの人は、己の信念に迷いが無い、誰よりも気高い人。
 けれど、考えてしまう。あの人も本当はただの普通の人で、先入観で選り好みしていて、周りと同じようにわたしのことを『そう』見ているんじゃないかって。
 あんなに敬愛してやまなかった緑青の瞳が、恐ろしく感じられる。わたしを遠くから見ているその視線から、一刻も早く逃げ出したい。彼の感情を、思考を、何もかも、知りたくない。
 そして分かった。“見える”から、いけないんだ。
 だから、わたしは、自分の眼を潰したのよ。


──悪魔。魔女。人でなし。
 あいつの話を聞く度、おれは顰めた。
 あいつの努力や想いを知らない輩への怒気と、しかしなんて言葉を返せば彼女を庇えるのか分からない困惑。下手したら、あいつの築き上げたものを壊してしまうから。
 おれから見たあいつは、気品に満ちたうつくしい人だった。
 誰に何と言われようと、彼女は決して自分を曲げることは無く。罵詈雑言も雑魚の恨み言だと一蹴し、真っ直ぐ前を見つめて。横目に逸らすことないその眼に、強く惹かれ憧れた。
 そんな彼女を眩しく感じていたおれは、遠くから彼女の横顔を見ていることしか出来なかった。
 だから、知らなかったんだ。本当のあいつが、脆く儚いヒビだらけの玻璃であることを。彼女だって、ひとりの人間であり、ひとりの女性であり、ひとつの心。傷つかないなんてことはなく、耐えられることだって。

 そして、おれの無知がどれだけ罪深いことだったか思い知らされた。おれのせいなんだ。見て見ぬふりをした、おれのせい。
 もう何も知りたくない、と閉じられたあいつの瞼。そこに残るのは、痛々しい傷痕。あいつ自身がやったものでも、おれがつけたようなものだ。二度と消えない、おれの咎。
 もう触れることすら、赦されない。

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write:2020/03/19

​edit  :2021/11/06

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