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2020/03/12

おれを陰と表すなら、彼女は陽だと言えるだろう。誰から見ても、正反対の性質を持っている。だからこそ、惹かれたのかもしれない。だからこそ、見初められることを夢見ていたのに、いざ見初められたら恐ろしくなって逃げ出してしまったのかもしれない。今まで見向きもされなかったのに。今ごろ、今さら、今になって、おれの存在に気付いて追いかけてくる。「ネズ、どうして避けるの? わたしのこと好きじゃないの?」だなんて、無邪気に笑って。おれがおまえに抱いている劣情を知らないくせに。その顔を何度歪ませる妄想をしていたか知らないくせに。純潔を穢して優越感に浸る浅ましいおれを、まったく知らないくせに。こんなおれを見られたくないのに、おまえは容赦なく踏み込んでくる。なんて恐ろしい。そして──おまえに嫌われるのが、何より怖い。こんなおれを暴いておまえはなんて言うだろうね。きっと「幻滅した」って言うよ。おれはみなが思うほど聖人ではないんです。好きな人に浅ましい情欲を抱いて、それを必死に隠しては裏で発散している卑しい男。おまえに嫌われたくない一心で、おまえが好ましく想うだろう“おれ”を繕う。それから、踏み込んで来るおまえに牽制をして一線を引けば、一時的でもおれから視線が逸れる。それでいい。おまえにおれは不釣り合いだから、もっと利口な男が良いはず。もっとプラトニックな恋愛の方が似合っています。だから、お願いですから、おれに向けて「ねえネズ、好きだよ」だなんて、軽々しく言わねえでくれよ。期待しちまうだろ。やさしいおまえなら、こんなおれでも受け入れてくれるんじゃないかって。こんな感情を受け止めてくれるんじゃないかって。だけど、腑抜け野郎のおれはやはり、彼女から逃げ出した。後ろめたさに押し潰されてしまうから。追って来てくれる彼女に喜びを感じるから。陰と陽は、決して混じり合うことはないんだよ。

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write:2020/03/12

​edit  :2021/11/06

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