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​2020/02/13

 恋愛において片想いの時が一番幸せ、と言ったのは誰だったか。それを最初聞いた時は、報われない恋に意味なんてあるのか、なんて思ったっけ。

 でも、今なら、その言葉の真意が分かる。

 今日もまた、招待されたネズさんがやって来た。

「お疲れ様です!」

「ああ、はいどうも」

 誰にでもしている慣れた挨拶を掛ければ、ネズさんもわたしを見て軽く会釈してくれた。ああ、紳士的だ。ときめく胸を隠して案内した控え室の中、いつもの気怠そうな猫背で、自分の順番を待っている。

「ネズさん!」

 これはわたしの声では無い。気軽に名を呼べるものか。声がした方へ視線を向けると、ひとりの女の子が狭い控え室を軽やかに駆けていく。一回戦の歓声を背に現れたのは、現チャンピオン、ユウリさん。あの十年無敗のダンデさんを破った若き天才。可愛らしくハキハキとした声に、ネズさんはいつもと変わりなく、けれどどこか落ち着きが無い雰囲気に、わたしもソワソワしてしまう。

「勝ったようですね」

「もちろんです! ネズさんと決勝で闘いたいですからね!」

「気が早いですよ。まだ準決勝がありますけど」

「でもネズさんと闘えるのは決勝だけだから!」

「はいはい」

 微笑ましい会話に耳をすまして、ネズさんの顔を盗み見る。わたしは、ネズさんのユウリさんに向けるあの笑顔が、とても好きだった。自分に向けられてないから、まじまじと見ていられる。カッコイイのに、ちょっとあどけない感じがたまらない。最高だ。この為だけに生きていると言っても過言ではない。ありがとうチャンプ。

 胸が締め付けられる感覚に思う存分浸る。届かないからこそ、価値があるのだ。

「──って聞いてると、めちゃくちゃ強がりに聞こえるんだけど」

 そんな話をキバナさんに話してたら、返ってきたのは第三者から見た厳しい意見だった。準決勝でユウリさんにコテンパンにされたキバナさんは、ダンデさんをお世話してた時からの知り合いだ。チャンピオンが変わっても、変わらず気にかけてくれる。だから、こんなつまらない身の上話を聞いて、あっさり一蹴してくれた。

「だから、強がりじゃないですって。これも立派な愛のひとつなんですよ」

「はーあ、どうだかなァ」

 ネズさんとユウリさんの決勝戦を控え室のモニターで見守る。白熱したダイマックス無しのバトルは、ユウリさんが優勢だった。その中でも逆転を狙うネズさんの眼は爛々としていて、キュンキュンときめいてしまう。

「きっと、愛されキバナさんには分からないですよ」

「何が?」

 キバナさんが横に立っているわたしの顔を一瞥するような視線を感じた。

「何も無いわたしを見抜かれてネズさんに幻滅されるくらいなら、最初から見てもらわなければ良いんです。そうすれば、わたしはずっとネズさんに夢を見続けられるから」

 わたしはその視線を気にすることなく、モニター先のネズさんのきれいな横顔を見つめていた。本当に格好良い。ずっと見ていても飽きない。これで性格も素敵だから想い続けてしまう。まさに魔性の男だ。永遠に虜にされるんだろうなあ。

「……ほんと、不毛だよな」

「だからキバナさんには分からない感情なんですって」

「ああうん……そうだな」

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write:2020/02/13

​edit  :2021/10/22

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