top of page

2020/02/07

 ──とおくに、いきたい。

 真夜中だというのに、そう思い立って向かったワイルドエリアの夜はとても冷えていた。きっと雲ひとつない満天の星空が、放射冷却を放っているからだろう。けれど、わたしのいる木漏れ日林から星空は見えなかった。それどころか、月明かりさえも遮っている。

 そんな薄暗の中わたしは凍えそうになりながらも、端っこでしゃがみ込んでいた。隣に控えている相棒のオーベムの指先が、ポツリポツリと冷たく点滅しているのをぼんやり眺めて、考えることから逃げ続けている。

「そうやって、また燻ってやがるんですね」

 その声に、自分が昔から隠れんぼが苦手だったことを思い出した。それでも、見つからないように。あそこから一番遠いここを選んだんだけど。

 背後の呆れたような声に、わたしは負けじと声を張り上げる。

「燻ってるように見えるなら、あんたの目は節穴だね」

 そう言って立ち上がり、オーベムを撫でようと手を伸ばす。オーベムもわたしの意図を理解して、手が届く位置まで浮遊してくれた。

「オーベムと特訓してたんだよ」

 後ろを振り向かず言い切れば、今度はため息が耳を打つ。

「こんな真夜中にやることですかね」

「いつやろうがわたしの勝手でしょ。それじゃあね」

 奴がいる方向と反対へと歩き出そうとすれば、服の襟を掴まれて、後ろに引き込まれる。

「ぇグヘッ」

「なんつー声出しやがるんですか」

 出させたのはあんただよあんた、とわたしを後ろに引いた張本人、ネズを睨むように見上げる。幾分背の高いネズは、わたしの睨みを見詰めて、そして軽く頬を緩ませる。

「やっぱり、泣いてたね」

「……泣いてないもん」

 その柔らかい表情に思わず心臓がドキリとして、わたしはすぐ顔を背ける。

 泣いてなんかない。たとえ、考えて精いっぱい鍛えたポケモンたちが、公式戦で何一つ歯が立たなくても。たとえ、あの娘のインテレオンに一矢報いることが出来なくても。たとえ、あの娘と好きな人が、仲良くても。わたしは泣かない。

「まあ、どっちでも良いんですけど」

「グゥ、ちょ、自分で歩けるから放してっ」

 わたしの襟を掴んだまま、踵を返そうとするネズに、乱暴に引き摺られていきそうになる。オーベムに目配せしても、素知らぬふりをされてしまった。エスパータイプだからわたしの考えていることなんてお見通しのはずなのに、この子はネズが関わると途端に何もしてくれなくなる。

 抵抗しても放してくれないネズに、ひとつ言ってやろうと息を吸い込んだら、ネズが先に話し出す。

「……こんな寒くて暗いところに、ひとりで居るんじゃねぇですよ。何かあったら、おれのところ来なさい。腐っても幼馴染なんですから」

 わたしの襟を掴む意地悪とは打って変わって真面目に言い切るネズに、わたしが言おうとした言葉たちは胸につっかえてしまって出て来なかった。

「ほら、帰りますよ」

「……………」

 ネズはようやく襟を放して、それからわたしの手を掴む。何も言えなくなってしまったわたしは、前を歩くネズに手を牽かれる。わたしよりも冷たいその手は、細くて硬く、大きくて優しかった。その丁寧な仕草に、鼻の奥がツンとする。

 幼馴染じゃなかったら、こんな苦しみを知らずに済んだのかな。もし幼馴染じゃなくて普通の他人なら、もっと素直になれたかな。もし幼馴染じゃなくてあの娘なら、意地悪しないで可愛がってくれたのかな。

「ん? ああ、足元を照らしてくれるんですね。ありがとうオーベム」

 薄暗を歩くわたしたちの足元を、オーベムが率先して手の点滅でポツリポツリと照らす。その光はなんだかわたしたちの行く末を、温かく照らしてくれているように感じられた。

​ 

write:2020/02/07

​edit  :2022/01/20

bottom of page