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2020/01/09

 愛されるためなら、何でもした。
 さいしょは、ただ無我夢中だった。彼の瞳に映れるように可愛くなった。彼の世界を理解しようと勉強した。彼に認識されるようにアピールした。あの目で見て欲しくて、あの声で呼んで欲しくて、あの手で触れて欲しくて、あの心で求めて欲しくて。だから、彼のためなら、不思議と汚いことでも、何でも出来たんだ。


 愛されるためなら、嘘も本当になるような気がした。
 そうして、わたしは彼の理想になった。喜んでくれた。愛してくれた。あの目が見てくれて、あの声が呼んでくれて、あの手が触れてくれて、あの心が求めてくれて。嬉しかった。だから、彼の理想を維持するために、必死で頑張った。じゃないと、愛してくれないから。嘘で塗り固められていても、いっかは本当になるって、信じていたんだ。

 愛されるためなら、自分の心も殺せた。
 いつからか、嘘がバレて幻滅されて捨てられてしまうんじゃないかと考えるになった。怖かった。本当のわたしを知られることが。辛かった。本当のわたしを偽り続けていることが。悲しかった。本当のわたしを愛してもらえないことが。だから、本当のわたしを殺した。あの目も、あの声も、あの手も、あの心も、わたしの嘘を愛しているから、何度甦っても、殺し続けたんだ。

 愛されるためなら、自分の命も投げ出せた。
 ついには、彼が恐ろしく感じるになってしまった。怖かった。愛されないことが。辛かった。愛されないことが。嫌だった。愛されないことが。あの目も、あの声も、あの手も、あの心も、恐ろしいものになった。きっと、嘘だけじゃなくて、本当も愛して欲しかったのだと気づいた。でも、さらけ出せなかった。だって、彼はわたしの嘘を愛していたから。本当のわたしは愛してくれないことを、知っていたんだ。

 彼に愛されないわたしなんて、要らなかった。

「ねえ、ネズ。わたしね、空を飛びたかったんだ」
 挙句の果てにわたしは、彼の瞼の裏に、赫い水たまりを焼き付けた。これでわたしの嘘は、本当のわたしと、ひとつになれたよ。だから、ねえ。ネズ。その目で、わたしを見て。その声で、わたしを呼んで。その手で、わたしに触れて。その心で、わたしを求めて。その熱で、わたしを温めさせて。その唇で、わたしを息絶えさせて。その脳に、わたしを刻んで。

 あなたに愛されるためなら、何でもしたい。

 

write:2020/01/09

​edit  :2022/01/20

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