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​2020/01/06

※元ネタ:雪目の薔薇(ふぉれすとぴれお)

どんなに凍えそうな世界でも、彼と一緒に居られるだけで、あたたかかった。触れられる距離で愛を語って、ぬくもりを求め合って、ひとつになろうと寄り添い合って、わたしは充分だった。けれど、彼には不充分だったんだろう。何せ彼はシンガーソングライターというクリエイターだ。刺激が無いと、何も始まらない。こんな穏やかな日々は、彼には似合わなかったようで。才能あふれる彼と凡人のわたしは、不釣り合いなことをようやく理解した。「だからね、別れよう、ネズ」駄目だ嫌だと言って、激情に駆られるままわたしを穢した彼の瞼は、痛々しく腫れている。優しく諭したつもりだったから、申し訳ないような気持ちでいっぱいになった。かじかんた指で軽く撫でると、熱い涙がひとしずく零れる。ごめんね。でも、きっと一緒に居たままだと、あなたも、わたしも、そして注ぎ込まれた生命も、たくさん駄目になってしまう。だから、さよなら。今まで愛してくれて、ありがとう。愛されてくれて、ありがとう。あなたがくれた愛の言葉も、ぬくもりも、想い出も、大切なたからものだよ。あなたがわたしを忘れてしまっても、あなたが他の誰かを愛したとしても、あなたが幸せでいてくれるなら何だって構わない。けれど、わたしはきっと、あなたを忘れることはしないだろうし、あなた以上の人に巡り会えないし、愛することも出来ないかも。自ら手放したはずなのに、なんて未練がましい。別れの激しい苦痛によってのみ、愛の深みを見ることができるのだ――と、誰かの格言が脳裏に浮かんだ。だからこそ、あなたのために、わたしは愛を犠牲にできる。わたしはただ、あなたの『しあわせ』を祈るだけ。もう見ることは無い愛しい寝顔を胸に焼き付けて、わたしはひとり寒空の下へ踏み出した。

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write:2020/01/06

​edit  :2022/01/20

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