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​2020/01/04

※格言引用元:ロシュフコー(仏・モラリスト文学者)

​※首絞めックス描写あり

 ──我々は恋をすると、現在はっきりと信じているものまでも、疑うようになるということが、しばしばあるものである。

 そう言ったのは、誰だったか。
 例えば、耳を触る癖。例えば、視線が合ったのに逸らされた時。例えば、口元を隠す動き。

 どれもこれも不自然に見えて、その度に苛立ちが募る。
 彼女を信じられない自分。信じきれない彼女の仕草。
 彼女が、おれと居て、何を考えているのか、何を感じているのか。おれは、分からなくなっていた。
 普段からあまり己の想いを口にしない彼女だから、おればかりが好きなように感じるから、恋人なのに愛されている実感がないから、彼女も同様な気持ちを抱えていないから。だから、こんなにも、不安になって憎く感じてしまうのだろうか。

 あいしているからこそ、おれのなかに、おまえの『いま』を、『えいえん』にしたい。
 酸素の足りない頭で、苦しそうに喘ぐ彼女の首に手をかけてみる。喉仏のない女性特有の、やわらかくなめらかな首。少しずつ力を加えて、絞めてみる。
 ほとんど取り込んで無かった空気が、僅かに声帯を震わせるものの、ほとんど声にもならなかったようだ。彼女の顔はたちまち苦悶に満ちる。先ほどの苦悶とはまた違う表情に、おれの熱情は膨張していく。
 そうやって、おれで苦しんで欲しい。おれのせいで、もがいて欲しい。おれのように、おまえもなって欲しい。
 おれがどれだけおまえでくるしんでいるか、おもいしれ。
 刹那、彼女は笑う。息が絶えるという、その瀬戸際に、おれを見据えながら。
 その光景がひどく美しくて、手から力が抜けた。かひゅ、と身体が空気を欲する音。続いて、勢い良く吸い込んだ空気の摩擦で彼女は激しく咳き込む。顔を横に逸らして咳き込むのは、おれに掛からないようになのか、それとも。
 先ほどまで絞めていたやわらかな肌には、おれの手形が、くっきりと、鬱血のような、肉感的な赫が彩られている。それは、おれのものという首輪のようで、とても愉しくて、そっと指先でなぞる。それに反応して、ひくり、とうねるその胎で、熱情が爆ぜた。
 射精特有の倦怠感の中で、おれはまたおまえの『いま』を『えいえん』に出来なかったことを悔やみ恨むのでした。いたわし、いたわし。

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write:2020/01/04

​edit  :2022/01/20

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