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​2020/10/16

何にも知らなくていい。本当ならそれで息が出来ていた、はずだった。上手く出来なくなってしまったのは、きっと彼に──ネズに抱いている想いを、自覚してしまったから。それ以外に考えられなかった。飽きるほど一緒に居たというのに、その時は全然気付けなくて。今だって手が届く距離なのに、ネズがあの子を、新チャンピオンを通して世界を広げていく背中に、何だか置いて行かれたような、心に距離が出来てしまったような、そんな焦燥感であふれる。ネズを導いているのが、隣に立っているのが、わたしじゃなくて、あの子。わたしに出来なかったことを平然とこなす、あの子。羨望と嫉妬で目の前が歪んで、それがネズへの恋心だと分かるまで時間は掛からなかった。それからずっと、わたしはまるで泥水の中で生きている心地だ。思うように息が出来なければ、身動きも取れない。どうすれば、その隣に立つのがわたしで居られたのかな? ああ、気が付かなければ良かった。こんな醜い想いも、あの子がネズに抱いている想いも。何にも、知らないままが良かった。戻りたい。戻れる? ネズの背中に問い掛けてたって、答えなんて返って来るわけがなくて。わたしは翳りの中でひとり、息絶えること無い息苦しさに、もがき、喘ぎ、嘆きながら、小さく蹲ることしか出来なかった。

​   

心とは、甘く軋む胸に巣食う獣

write:2020/10/16

​edit  :2021/02/10

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