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​2020/09/30

※相互さんの呟きより

「なんだか、ほんとに遠い人になっちゃったんだね、ネズくん」​

​ 二人きりのリビングで、テレビに映っているおれ──先日開かれたトーナメントの中継放送だ──を観ながら、おれの横に居る幼なじみはそう呟いた。

「……おれは此処に居ますけど」

 彼女の意図が汲み取れず、とりあえず現状を伝えれば「いやまあ、そうなんだけどさ」と、画面から目を離さない彼女は何とも歯切れの悪い答えを返して来て、ますます分からなくなった。

 彼女とは長いこと一緒に居る。それこそ、物心つく頃から隣に居ることが当たり前だったほど。近所で、同い年で、親同士の仲が良くて、互いの家を行き来していれば、必然と関わる。ある意味、家族も同然だ。ちょっとした動揺なら読み取れる。だからこそ、彼女のその、嬉しいとも、悲しいとも読み取れそうな表情に、おれは内心戸惑った。

 やはり、家族ぐるみの付き合いとは言え、戸籍上は赤の他人。血は繋がってはいないから、実妹のように深いところまでは分からないのだ。

 けれど、何もかも読み取れなくて安心した。この居心地良い姉のような、もう一人の妹のような、気心知れた友人のような、曖昧で不安定な儚い関係を、おれは壊したく無かった。その気になればおれが望んでいるような男女の仲になれるとしても、彼女がおれに抱いている感情が親や兄弟と同じであることに胸をなでおろし、男として見られないことに胸が痛んだ。前転も後転もしないぬるま湯に甘んじているおれに、踏み出す勇気などあるわけが無い。

「……何か不安に感じてることでも?」

 こういう時は、家族のような関わり合いは助かる。心配かけまいと他人に繕っても、家族なら心を許すもの。彼女は特にそうだ。家族でないと踏み込ませない領域を持っている。

「うーん...ちょっと説明がムズいんだけどさ、」

 彼女は悩むように唸りながら、天井を仰いだ。

「あたしはさ、ネズくんと子供の時から一緒じゃない? だからね、ネズくんの性格とか、信念とか、ネズくん自身が変わっていないことは分かるの。でも、

 そこで一度、彼女は区切った。顎に手を当てて、言葉を選んでいるようだ。その慎重さは、たぶんおれが他人だから。おれは何も言わず、ただ静かに彼女を見つめ待つ。

「......でもね、ネズくんを取り巻く環境が、まるっと変わっちゃったなあ、って感じて。昔はあたしとマリィちゃんと、あと両親たちだけだった。けど今はジムリーダーとしての繋がりとか、シンガーとしての繋がりとかさ。なんだか、あたしが居ても居なくても変わんないなあ~って思ったら、なんだか急にネズくんが遥か先の人みたいで。──おかしいよね。今近くに、居るのに」

 そして、無感情な顔のまま、彼女はまたテレビに視線を戻す。その瞳には涙が溜まっているのか、画面の明かりがキラキラと煌めいて、瞳の奥の感情が読み取れない。まるでひた隠しにしているようだった。

 しかし、耳の良いおれは、その声の震えからある程度察することが出来た。それは寂しげに、冷えるような音感をさせていて、おれの胸にも冷たい風が刺さる。

 そんなことないですよ。

 おれは此処に、おまえの隣に居ますよ。

 そう言おうにも、彼女は画面の向こうに居るおればかり観ている。だから、もう何も言えなかった。

 彼女が望んでいるのは、画面の向こうのおれが彼女に微笑む瞬間だということに気付くのは、そう難しいことではなかった。今隣に居る幼なじみのネズではなく、遥か遠い先のネズに、彼女は恋をしているのだ。

 こういう時は、家族のような関係が邪魔をする。おれは家族に駆け引きを持ち込めるほど器用ではない。だから、彼女を安心させるような言葉どころか、温もりを伝えさせる抱擁も、無造作に置かれた彼女の手にそれを重ねて存在を証明させることも、隣に居るおれでは、何の意味も成さなかった。

 ふとテレビに目をやる。画面の向こうのおれは、恋しい彼女に一瞥もくれず、意気揚々とタチフサグマに指示を出していた。……羨ましかった。

write:2020/09/30

​edit  :2020/10/03

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