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​2020/07/25

​荒い呼吸と倦怠感の合間に聞こえた、何とも間抜けな腹の虫に、彼女は「おなか、すいちゃった」と少し枯れた声で照れくさそうに笑った。そのひと言がきっかけで、おれたちは汗だくで気怠い体を叩き起こし、ベッド下に散らかした衣類を再び被る。日付が変わる前の夜道は少しだけ肌寒く、適当に羽織ってきたカーディガンのポケットに手を入れた。彼女はおれの一歩前を歩きながら、歩くたびにぺらぺらとめくれる薄くて心もとないワンピースを翻している。その安っぽい生地の下におれがいくつも刻んだ所有印があると思うと、先ほどまで昂っていた熱が胸の奥に焦げ付いていくのを感じた。「ねえ、手を繋ごうよ」ふと思いついたのか、おれに振り向きながら微笑む彼女の目元は泣き腫らしたように赤くなっていて、数分前の哭き喚いておれにしがみつく悩ましい顔が呼び起こされる。次いで差し出された手を凝視していたら、なんだか背に刻まれた爪痕が燃えるように熱くなってきた。「さっきまで繋がっていたんだから、今はいいでしょう」なんて言い訳したらいいのか分からなくなったおれは、ひどく雑なことを口走り、速足で彼女を追い抜く。「なぁにそれ、ネズのえっち」なんとでも。おれは出来るだけ聞こえないフリをした。ポケットに突っ込んだ手は変な汗をかいていて、それを悟られないようカーディガンを巻き込みながら握る。何を、今さら、どうして、こんなことで、恥ずかしく感じるのか。「ちょっと、速いって」まるで見透かしているように甘く絡む彼女の声に、燻りはやる心臓が妙に騒がしくて仕方が無かった。

write:2020/07/25

​edit  :2020/07/31

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