top of page

​2020/06/13

ジムチャレンジの時も、トーナメントの時も、何時如何なる時も、ネズという男はわたしの目と鼻の先を歩いていた。奴に意識されていなければ、見向きもされることもないわたしは、奴からしたら一般人と変わらない弱っちいトレーナー。だけど、8つのジムを制した実力はちゃんとある。目指しているのはもちろん、チャンピオンの座。そのために、どう勝ち進めばいいか、こだわりのポケモンちゃんたちでどう対策を練るか、効率良く、そして最短に、何をすべきか常に考えている。そうしたら、ジムリーダーになることがチャンピオンへの最短ルートではないと判断するのには時間は掛からなかった。自分のポケモンのコンディション、下の育成、ジムの設備、スポンサーの接待……大衆向けの寄り道をやらされるだけなら、ジムリーダーなんて成らない方がマシ、だとわたしは思っている。他の人やネズがどう考えているかは知らない。だって、わたしは寄り道している人たちとは違うから。何がシンガーソングライターだ。何華々しくジムリーダー引退してんだ。ちくしょう。ふざけんな。こちとらお前が音楽に熱中したりローズ元委員長とひと悶着あった時だって、わたしはお前に勝つことを考えて、もがき足掻いていたと言うのに。くそっ。おい、こっちを見ろよ、ネズ!「今思うと、きみは昔からおれに敵意剥き出しでしたよね。でも陰湿ではなかった。むしろその嫉妬を自分のバネにしていく姿勢は、正直好ましく想ってましたよ」あれだけ憎たらしくて仕方がなかった碧玉の双眸が、今わたしを映している。突然の接触に、思わずたじろいだ。「何驚いていやがるんですか? 同期で同じタイプの使い手なら知っていても当然でしょう」さも当たり前のように話を続ける奴に、わたしは何も反応出来なくて、ただ開いた口が塞がらなかった。「おれも同じくらい、…いやきみ以上に、きみのこと見てました」今までの恨み辛みの行いが、すべて見られていたと思うと背筋が粟立つ。「おれはきみのこと結構好きなんですけど、きみはどうですか?」それは、どことなくほろ甘く鼓膜を揺らす。予想だにしなかったその発言に硬直するわたしは、この滑稽な茶番劇が奴と──ネズと出会った時から始まっていたことをまだ知らないでいた。

​​ 

write:2020/06/13

​edit  :2021/06/18

bottom of page