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​2020/04/01

※エイプリルフールネタ

​ 

「ネズくん聞いて。わたしね、魔法使いになるよ」
 それを聞いておれは、とりあえずスマホの日付を確認した。4月1日、つまりエイプリルフール。──なるほど。そう自分の中で納得していると、目の前の彼女は不満そうに口を尖らせた。
「んもう、午後だから噓じゃないよ」
「いやいや、どう考えても嘘でしょう。……はあ」
 思わずこめかみを押さえて溜め息をついた。ひねくれた性格の彼女は、会う度に突拍子の無いことをのたまう。それにおれはいつも反応に困っていた。
「今日で最後だから、お別れを言いたくてさ」
 もじもじと恥ずかしがっている様子は、きっとおれが狼狽える様子を内心期待しているのだろう。けれど、同じようにひねくれた性格のおれは、毎回それを躱してしまう。
「そうですか。それでは達者で」
「ちょっとお、軽すぎない? もっとこう、どこ行っちゃうの~? とかさあ…」
「あ? スマホで連絡寄越せばいつでも話せるじゃねぇですか」
 現にスマホで呼び出されて、わざわざスパイクタウンから来てやったんだ。『ネズ! おねがい! 今からシュートシティに来て!』なんて迫真な声に、大急ぎで街を飛び出して来た、なんてこと絶対に言ってやらない。
 今日のおれたちの、いつものくだらない茶番。もてあそんで、もてあそばれる煮え切らない関係。友達以上恋人未満。──なんと、もどかしいことか。
「あー、うん。そう、だよね」
 どうせまた『つれない奴~!』とか変わらない対応のはずなのに、彼女にしては珍しく難色を示した。思ったようにおれが踊らないから、心底つまらないのだろう。おれも思っていたことと違っていて本当につまらない。折れた方が負けだなんて、決めていないのに。
「要件はそれだけですか?」
 呆れたようにそう言えば、彼女はきょとんと瞬きひとつして、おれを見上げる。夕陽に煌めくその目に、思わずドキリと脈が強く打った。
「え、あ、うん。まあ、これだけ」
 へへ、と照れたように笑う彼女に軽くため息が出る。本当にこれだけの要件だったようだ。……そうだね、せっかくの機会を無下にするのももったい無いか。
「どうせなら何処かで飯でも食いましょうか」
「お! いいねえ、最後の晩餐だ!」
「時間的には晩餐ですけど不穏な言い方はよしなさい」
 そうして、本当に、それが彼女との最後の晩餐になった。
 次の日から、彼女は影も形も消えていたらしい。

 おれは全く知らなくて、気付くまで数日かかった。連絡先は残っているのに繋がらない。彼女の住んでいた部屋も引き払われていた。職場も三月末で辞めていた。彼女の両親でさえ、その行方を誰も知らなかった。
 本当は雪だったのかと思わせるほど、春の陽気で跡形もなく溶けたかのように、彼女という人間が消えてしまっていた。
『わたし魔法使いになるよ』
 ──そんな、まさか。
『今日で最後だから、お別れを言いたくて』
 あの日が本当に別れの日だと、誰が思うのか。嘘の期限が午前までだとしても、企業ですら乗っかって楽しんでいる。そんな日に、魔法使いだとか、お別れだとか、信じられるわけが無い。普通に会って食事をして「またね」と別れただけ。変わらない日常のはずだった。
 しかし、信じざるを得ないのは、あの日彼女とあったのはおれだけということ、
 そして、あの話をしたのもおれにだけということ。
 ――そんな事実、知りたくなかった。
 押し寄せるのは、自責。本当だと信じてやれなかった自分。引き止めなかった自分。変わらない彼女に安堵していた自分。気付くまで時間がかかった自分。

 今さら後悔したって遅いから、ずるいおれは彼女に責任転嫁してしまう。

 あの日に嘘のような本当を話すな。引き止めて欲しいならちゃんと言え。おれだけに傷痕を残して行かないでくれ。
「ネズくん、ごめんね」
 別れ際に泣きそうな顔して謝るくらいなら、最初からしないでくれ。
 最後まで嘘でもあの二文字が言えないおれたちは、どうしようもないくらいに、かなしいほど、ひどい臆病者だった。

 

write:2020/04/01

​edit  :2022/01/20

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