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​2020/02/21

放射冷却が肺を凍らせてしまうんじゃないかと想像してしまうほど寒い日は、星空が果てしなく澄んで見える。「わたしね、宇宙飛行士になりたかったの」彼女のアーマーガアで一緒に空を飛ぶ時、彼女は決まってこの話をする。「その為に運動をたくさん頑張ったり、必要な分野を猛勉強したりさ、繋がることなら何でもしたよ。近道になるって聞いたから、イッシュ地方のフキヨセシティで飛行機のパイロット訓練もしたんだ」たかが十数年、されど彼女にとっては貴重な青春時代。おれにとっては見守ることが出来なかった空虚の時間。息苦しかった日々を想い出したおれは顔をしかめた。「でも、なれなかった」おれの前に居る、天を仰ぐ彼女の顔は分からない。月明かりに照らされた彼女の頬と、満点の星空。そして、鋼の翼が風を切る音と、彼女の穏やかで淡々とした語り声だけが、今のおれのすべてだった。「全部ダメになっちゃった。わたしはもう宇宙にはいけないの」きっと星空を見たくなくて手を翳そうとしたのだろう、アーマーガアの操縦桿を握っている片方の手がぴくりと動いた。しかし、翳せない。上におれの手が重ねられていることで、彼女は現実を直視せざるを得なくなる。「おかしいよね、笑っちゃうよね。宇宙飛行士を夢見てた人間が、今やタクシー運転手なんてさ」慰めの言葉を贈れたら、彼女の心は救われるのだろうか。けれど、おれは残念ながら心にも想っていないことを言えるほど器用では無かった。「おれは、おまえが宇宙飛行士なんてものにならなくて、心から良かったと思いますよ」でなければ、こうして彼女の首筋に顔をうずめて甘い香りに酔うことも、風になびいておれの頬を撫でる髪の毛の柔らかさを感じることも、重ね合う手のほのかな温かさを分かち合うことも、何も出来なかった。彼女の存在の大きさに気付いてしまったら、もう過ちは繰り返さない。遠くに行ってしまうのなら、その足に鎖を繋げよう。飛んで行ってしまうのなら、その翼を切り落としてしまおう。誰かのものになってしまうのなら、先に首輪をつけてあげよう。「おまえが此処に居てくれて、本当に嬉しいです」可愛想な天使。彼女を地に縛る理由が、他の誰でもない、おれのせいであって欲しかった。

 

write:2020/02/21

​edit  :2021/04/17

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