生きづらい。
こちらは非公式の短編ネームレス夢サイトです。
公式である原作会社および関係者様とは一切関係ございません。
“夢小説”という言葉を知らない、または得意ではない方は、このブラウザを閉じられますようお願い致します。
最低限の同人マナー、ネットマナー、対人マナーをお守りの上、公共の場でのご閲覧を避け、個人の範疇でお楽しみください。
内容によっては年齢制限や倫理観ゼロな作品もございます。
注意書きはありますが、一個人基準であることをご了承ください。
また、読了後の苦情はお受け致しかねます。
以上を踏まえ、許容範囲が大変寛大な方のみ下記の画像からお進みくださいませ。
2020/01/30
昨夜、夕飯のスープをこぼして右手をやけどした。トレイで運んでいれば何の被害も無かったのに、こういう時に限って手で持って運んでいるもので。
浴びた熱の熱さに驚きつつも頭は冷静で、スープを入れた器を安定した場所に置いてから、右手を冷水で冷やした。そのおかげもあって、なんとか腫れたり赤くなったりすることは免れた。けれど、小指と薬指の付け根が、突っ張るようなヒリヒリとした痛みが残ってしまったみたいで、地味に気になる。けど、まあ、そのうち治るでしょ。見た目も全然何とも無いし。
「だからと言って、何もせず放置しているやつが居やがるか」
何の気なしに足を運んだ、スパイクタウンの奥にあるステージ。そこにたまたま居たネズくんに会ってものの数分で手のやけどがバレてしまった。何故だろう。
「よくわかったねぇ」
なんて感心していれば、ネズくんは呆れたように溜め息をつく。
「熱心に指の間を見ていれば、また何かやらかしたことくらい察しがつきますよ」
「わたし、そんなにやらかしてないと思うけど」
「どうですかね。現時点でその言葉に説得力が皆無なんですが」
「……なはは」
じろり、と睨んできたネズの眼が怖くて、わたしは咄嗟に視線を下に落とした。
やけどと聞いたネズくんは、わたしの左手を掴んでステージ脇に連行し、近くのパイプ椅子を指さして「座ってなさい」と半ば強制に指示した。逃げたりしないのにな、と思いながらもわたしは「はぁい」と返事をして、言われた通りパイプ椅子に座る。結構な年数が経っているのか、座っただけでギリギリと錆びついた音が広いステージ上にまで響いた。ネズくんはわたしが座る様子を確認せずに、奥の倉庫へと言ってしまう。でもきっと音が響いたから、座ったことは把握してくれただろう。ものの三十秒くらいで戻って来た、その手に薬箱を持って。
わたしの前に恭しく片膝を着いたネズくんはまず、右手につけていた黒っぽいグローブを外した。いつも両手をグローブで覆っているから、手の素肌を見られるのは貴重だ。もしかしたら、右手の素肌を見るのはこれが初めてかもしれない。ジャケットのスリットから見える腕と変わらない白さなのに、滅多に見られない部分に何故か胸が高鳴った。
わたしが見惚れていることを知ってか知らずか、ネズくんは淡々と薬箱の中から白いケースを取り出した。指の間から見えたラベルを見るに、それはやけどなおしの軟膏のようで、ふたを開けた方の手の小指で器用に掬い取る。
「手、」
とだけ言われて、やけどした右手をネズくんの前に差し出せば、迷いなく小指と薬指の間に白い軟膏が塗られた。ふたをしたやけどなおしを先に戻してから、塗布した軟膏を揉むように患部へとなじませていく。その時に、ツン、と刺さるような痛みがして、無意識に少し身が震えてしまった。
「痛いですか」
「ん、少しだけ。あ、指先の方は大丈夫」
ネズの手当ては、勘違いしてしまいそうなくらいに丁寧で優しかった。その手際の良さに「さすがジムリーダーだねぇ」とまた感心したら「もう引退しましたがね」と少し皮肉気味に言われる。まったく、素直じゃないんだから。満遍なく塗布したようで、わたしから手を放したネズは軟膏のふたを閉めていた。その様子を背景に、わたしは施術された手をじっと眺める。
きっとマリィちゃんにやってあげていたから、慣れているのかもしれない。幼い頃の二人は見たことないけれど、泣き喚く小さなマリィちゃんを慰めながらテキパキと手当てするネズ少年を思い浮かべることは容易かった。
「──何か面白いことでもあったみたいですね」
「ぅえ? っぎゃあ! 待ってそれめっちゃ痛い! いたっ、いたたたた!」
その可愛くて微笑ましいわたしの空想を一瞬にしてかき消す痛み。軟膏を薬箱に仕舞っていたネズの手が、わたしの右手に絡んで来たからだった。
わたしの可愛げのない悲鳴をよそに、指の間でぎりぎりと力が込められる。振り解くことも出来なかった。絡まる指と指の摩擦で、患部が燃えているように熱くて、焦げているみたいで痛い。そして何より、恋人繋ぎとか言われるこの手の絡ませ方に、わたしの心も燃やされているように熱くて、焦がされているみたいで痛い。
「ネズっ、ほんとそれぇ、マジでっ痛いから、勘弁してぇ……っ」
指も痛いけれど、それよりも心の方が保てない気がした。なんとか絞り出せた声は、痛みと羞恥に震えまくっていて恥ずかしい。きっと目なんて泣きそうになっているんだろうな。
「……なら、次からはちゃんと火傷したことを言いやがれ」
「う゛んっ」
何とか返事をしたら、ネズはやっとわたしの右手を解放してくれた。じんじんと熱く痛む患部に、必死で息を吹きかける。軟骨が水の代わりになっているのか、少しだけ冷めたような感覚になって安心した。そんなわたしを後目に、ネズは薬箱を元の場所に戻しに行ってしまった。
次からはちゃんと言え、なんてさ。難しいんだけどなぁ……。
わたしの変化に必ず気付いてくれるネズだから、つい何も言わず甘えてしまう。呆れながらもいつもわたしを見ていてくれるネズが好きだった。その想いを知ってか知らずか、ネズもネズで想わせ振りな仕草をしてくれるから、嬉しくてなおさら甘えてしまう。
こうして何かやらかす度に構ってくれるネズがいるから、わたしはこの悪癖をずっと直さないでいた。
write:2020/01/30
edit :2022/01/20