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​2020/01/29

※某方の呟きより

 曰く、食への欲望が強い者は、性への欲望も比例して強い。そんな俗説を耳にしてから、きみを見る目が大きく変わってしまった。

 小さな口にぎりぎり入る大きさに切り分けられた肉塊を頬張り、口端から漏れた肉汁を赤い舌が舐め取る。恍惚そうな笑みを浮かべながらよく咀嚼して飲み込んだ後、小さく「おいしい」と感嘆を呟いて、また頬張り、笑みを浮かべて咀嚼する。

 そんな一連の動作を数えていたら、きみの前に置かれていた皿はあっという間に一掃されていた。相変わらず食うのが早い。

「ネズ。ねえ、それひとくちちょーだい」​

 ──ネズ。ねえ、それはやくちょーだい。

 おれの皿の上に残っている肉を指しながら、きみはおれを物欲しそうな目で見詰めた。その眼差しは爛々としていて、楽しそうに声を弾ませる声のトーンまでもが、まさに昨夜見聞きしていたものと全く同じだったのは気のせいでは無いようだ。

 その意地汚さが、異常に情欲を喚起させてくる。均等に分け与えられたとしても、それでは足りないという貪欲。おれには好ましいものだった。

 ただ、食べているだけなのに。生きとし生けるもの、食が無ければその生命を維持することは出来ないのだから、当然の習わしのはずなのに。

「……いいですよ」

「やったぁ。ありがとう」

 おれの皿から彼女の皿へ、およそ三分の一の量を丁寧に分け与えてやる。それはどこにでもありふれている光景だったが、おれにはどうしても脳裏に焼き付いている彼女の痴態しか結びつかなかった。

 純粋に食を楽しむきみの“欲”と、膨らむ妄想に飢えるおれの“欲”。ああ、確かに同じかもしれない。

 おれの頭の中を知ってか知らずか、構わず食べ進めていくきみは、不意をつきたいほど無防備で。日に照らされて白く輝きながら嚥下する喉元に、自分の犬歯を食い込ませて思い切りかぶりつく妄想を反芻する。きっときみは痛がりながらも、悦んでおれを締め付けてくれるよね。

​「おいしいね、ネズ」

 どうか、この煩悶する熱さえも、その胃袋の中へ収めてくれないか。

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write:2020/01/29

​edit  :2021/09/11

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