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​2020/01/26

※某作品のオマージュ

​※嘔吐表現あり

 ある日、ニャースを拾った。いや、全然似てないけど。あくまで比喩的的な意味であって、本物ではない。

 それは、道端のゴミ捨て場にうつ伏せで倒れ込んでいた。白黒の長い髪に、なんかトゲが印象的な服。いつもなら阿呆がゴミの中で安らかに眠ってら……と横目で黙祷しながら、邪魔にならないよう素通りしてあげるのだけれど。気分良く酔っ払っていたその日に限っては、面白半分で声を掛けてしまったのだ。

「せいねーん、だいじょうぶかぁ?」

 無遠慮に起こしてやると、街灯に照らされた顔は闇に浮き出で来そうなほどに青白い。眉間には皺が寄っていて、薄目から覗くパライバトルマリンのような目が、辛うじてあたしを映していた。

「ウッ、」

 急に体勢を変えられたからだろうか。嗚咽を漏らしながら口に手を当てるものだから、なんとなく予兆は感じた。

「オ゛ェ……ッ」

​ 案の定というか何というか、感じた瞬間に目の前でぶちまけられた。ものの見事に、あたしのスーツは見知らぬ人のゲロまみれ。けれど、泥酔していたあたしは、酷い状態にも関わらず、涙が出るほどめちゃくちゃ大笑いした。あんなに笑ったのは本当に久々だ。個人的に人生の中で一番面白かった出来事となったから、あたしはゲロ男(仮称)をお持ち帰りした。

 家に着いて真っ先に向かったのは、バスルーム。とりあえずスーツにかかった吐瀉物と胃液を落としたくて、彼ともども着の身着のまま入って向かい合って座る。しばらく水を出して、温水になったところでまずは自分に向けた。先に軽く洗い流さないと、洗濯機の排水がヤバい気がする。だけど、幸い固形物はある程度消化されていたみたいで、吐かれたのはミソッカスみたいなゲロとアルコール臭い胃液くらい。きっと気持ち悪くなるまで飲まされたのだろう。ウォッシャブルスーツで本当に良かった、……まあアウトレット物なんだけど。

 自分のを適当に洗い流し終わったら、向かいにいる彼の服を見やる。ピンクと黒が象徴的な服に似合わぬ色があった。吐いた勢いで飛び火していたのだろう、シャワーを当てて洗い流してやる。

「口、自分でゆすげる?」

 顔を向けてそう聞くと、彼は小さく頷きながらシャワーの水を両手に溜め始めた。溢れるほどになったら、口元へ運んで静かに啜って、中でもごもご動かしてから吐き出す。それを3回ほど繰り返した。

「よしよし、良い子だね」

 従順な仕草が可愛くて、つい頭を撫でてしまった。明るい場所で見る彼の顔は、目元が掘り深くて大人っぽい印象だった。年齢が判別しにくいけど、嫌がられていないから大丈夫かな。それよりも、顔色が先ほどよりも良くなって来ている。あんな寒空の下に居たのだから、低体温症にもなっていたかもしれない。溜まっていたものも吐き出すことが出来たし、体調が良くなって来て何よりだ。

 さて、あたしたちは今服のままバスルームに入っている。このまま上がったら部屋が濡れるし、風邪を引きかねない。ついでに靴も履いたままだから、もしかしたらボトムスのポケットとかにスマホとか入ってたかもしれなかったな。

「とりあえず、服ぜんぶ脱いで」

 そう言って、あたしは自分のスーツを脱ぎ出す。ジャケット、パンツ。ブラウスにインナー、ブラジャーとショーツは別で洗うからひとまず身に着けたままにしておく。

 人目も憚らず下着姿になったからか、硬直した彼は目を見開いてあたしを凝視していた。

「何ぼーっとしてんのよ。服を洗濯するの。早く脱いで、ほら」

 張り付くような視線がむず痒くて、照れ隠しに彼の服を手にかける。あたしに気を使っているのか、遠慮がちに弱々しい抵抗をされたけど、あたしはお構いなしに押し退け首元から手先つま先まで、文字通り全裸にしてやった。

 ……持ち帰る時にも感じていたけれど、こいつひょろいなぁ。下手したらあたしよりも軽そう。臓器入っているって聞きたいくらい腰が細い。逆にこっちが驚いたわ。

「洗えるやつは洗濯機つっこむから。あんたは湯船にお湯溜めてあったまりなね」

 自分と彼の服を抱いて、バスルームに彼を置いて出る。抱えた衣類を一旦洗濯槽に入れて、先に濡れた身体を拭こうと思い、洗面台の引き出しからバスタオルを取り出した。ある程度水分が取れたら、身に着けていたブラジャーとショーツも脱いで、後で洗うようのカゴに入れる。使ったバスタオルはそのまま身体に巻き付けて、洗濯槽に放り込んでいた衣類の分別を始めた。

 優先的なのは、彼が着ていたもの。なんか見たことあると思ったら、あくユニフォームだ。普通に洗って大丈夫かな。同じ洗濯ネットに入れちゃお。色移りしそうだからブラウスは次回にしておこう。ウォッシャブルスーツは、ジャケットとパンツそれぞれ分けて大きめの洗濯ネットに入れる。あとあたしと彼のインナーをまとめて入れちゃって、洗剤を規定個所に流し入れておけば、洗濯スタート。

 静かに動き出した洗濯機の上で、次は洗えないもののタオルドライするため新しいバスタオルを出した。その上に彼が着ていたレザージャケットを乗せて、包むように水分を取っていく。他にも身に着けていたベルトを拭いていた時、緑と黒が基調のモンスターボールが数個出て来た。あたしはポケモンを連れ歩く趣味がないのでよく分からないけど、ポケモンって主人がゲロ吐いても助けてくれないんだってことを初めて知った。なんて無慈悲なやつらなんだろう、と思いながら、言語が伝わらないのだから辛い苦しいも分からないんだろうな、とぼんやり考える。

​ 拭けるもの全部拭き終わって、ベルトやモンスターボールといった小物類は、空いていたカゴの中へと入れた。ブーツはひとまず、自分が外履き用にまとめている玄関脇のスペースに置いて、ジャケットはハンガーラックに掛けようと思い、一度自室に向かう。

 間接照明の電源を付けて、ほんのりと照らされるあたしの部屋は、ガラル地方では珍しい1Kタイプ。部屋の3分の1を占めるクイーンサイズのベッドや、一人で暮らし始めてからの付き合いであるウォーターサーバーに、スキンケアとメイク道具が立ち並ぶドレッサー。あと組み立てが楽だったプラスチック製のチェストと上着や羽織物を一時的に掛けるだけのハンガーラック。

 そんな手狭だけど安価なところが、持ち物が少ないあたしには向いていた。

 入ってドア脇にあるハンガーラックに、持っていたジャケットを掛けたら、チェストからバスローブを2枚取り出して、またバスルーム前に戻った。同時に、バスルームの折れ戸が控えめに開かれる。

「あの、」

 酒で焼かれたようなカスカスの声に呼ばれた。隙間から覗くと、重たそうだった前髪を上げて、化粧が落として少し幼くなったような彼の顔が目の前にあった。予想してたよりも早いな。湯船浸かってないだろ。まあ、別にいいけど。

「あ、出る? 今バスタオル渡すね」

 持っていたバスローブを脇の棚に一旦置いてから、バスタオルをキャビネットから取り出して、バスルームの中を見ないように隙間から彼に手渡す。

「使い終わったら、洗面脇の黒いカゴの中に入れておいてね。あと、うちパジャマとか無いから、バスローブ着て。スリッパも置いておくから」

「……すみません」

 控えめな謝罪の後に、折れ戸の向こうから衣擦れの音が聞こえ始めたのを確認してから、あたしもシャワーを浴びる準備を始めるため、また部屋に向かった。入浴前の水分補給をしていた間に、バスルームの戸が開かれる音がもう聞こえて、また早いなあと感じる。

 まだ酒が抜け切れて居ないのか、猫背でふらふらと部屋に入って来た彼に、あたしはクイーンサイズベッドを指さして言った。

「洗濯は多分乾くのが早くて明日朝かな。とりあえず今晩はうちに泊まっていくといいよ。まあ、自分の部屋だと思って適当にくつろいでて。ベッドはおっきいから2人くらい余裕だから。遠慮しないでね」

「……はぁ」

 その間延びして元気のない返事から、床で寝ないかちょっとだけ不安になる。ゲロ吐くほど体調が安定してないやつを床で寝かせるほど、あたしは無慈悲ではない。

「あ、あとウォーターサーバーから水飲んでいいから。まだお酒抜けてないでしょ、明日二日酔いにならないように今のうちに飲んでおきなね。はいこれ」

「は、ぇ?」

 さっき水を飲むため使っていたガラスのコップを、そのまま彼に手渡した。さすがにこれには驚いたのか、少し間抜けな声を上げるものだからちょっとだけほくそ笑む。間接キスだろうが何だろうが、コップひとつ洗う分の水道代が浮くなら全然安いものだ。

「じゃ、あたしもシャワー浴びてくるから」​

 そう言い残してバスルームに入り込む。すぐ目に入った、なみなみと溜まっているお風呂のお湯を見て、とんだヤミカラスの行水野郎だったていうことが判明した。

 長風呂からようやく出る。洗濯機の様子を見て、もう少し時間がかかるのを確認してから、準備しておいたバスローブをまとった。部屋に入ると、彼はベッドの縁にちょこんと座っていた。本当、ちょこん、という擬音が似合うほどに、控えめな彼は借りてきたニャースみたいだ。
「水飲んだ?」
「あ、はい。飲みました」
「よしよし」
 先程よりも潤った声に少し安心して、また頭を撫でやった。新しいコップを出すのがめんどくさかったあたしは、彼が持っている空のコップをもらい、ウォーターサーバーから水を出す。彼のぼかんとした顔をしり目に、あたしはいつものルーティンで水を飲む。お風呂は湿度があるとはいえ、体内の水分を持って行ってしまうから、前後での水分補給は欠かせない。それからドレッサーの椅子に座って、化粧水を手に取った。
「だいぶ気分良くなってきたみたいね?」
 あたしの髪がドライヤーで乾いた頃、ドレッサーの鏡に映る彼を見ながら問うてみた。顔色は、化粧が落ちて最初見た時よりも白い肌をしているけど、悪いものは吐き出せたみたいで回復しているように見える。

「おかげさまで。その、ご迷惑おかけしました」
「いいよ、あたしが急に起こしたのも悪いし」
 座りながら軽く首を垂れる彼に、あたしは思わず振り向いてひらひら手を振る。
「まあ、ゲロぶちまけられたのはびっくりしたけど」
「す、みません、弁償します……」
「いいよ安物スーツだし。というか洗えるやつだから今洗濯機の中だし」
 律儀なやつだなあ、と笑ってやったら、彼もつられて安堵したみたいにくしゃっと笑った。化粧を落とした顔は少し幼さを感じる。それにどことなくあたしより年下っぽくて、彫りが深くてひと癖ありそうな顔立ちしているけど、意外と可愛いやつだ。──ふぅん。

「そうだねえ、もし何か詫びたいっていうなら、」

 椅子から立ち上がって、ベッドの彼を押し倒しながら、あたしはその上に跨る。彼のバスローブに手を入れ薄い胸板を軽く撫でながら、下半身を強く押し付ければ、彼は緊張しているのか喉を鳴らした。経験は有るように見えるけど、回数が少ないのかな。でもウブな反応は嫌いじゃない、ますます口角が上がる。

 暑くてバスローブを肩脱ぎすれば、素肌を晒した興奮に思わず身振るいした。そんなあたしに、彼は目を見開いて凝視する。バスローブの下に何も着ていないことを分かったんだろう、あたしの顔に向けられた視線が下へと、胸元で止まる。

「……っ」
「ちょっとあたしに付き合ってよ」
 股の下で緩く帯びていく熱に臍下が疼いて仕方が無い。年下の男の子を転がすのが楽しくて、恍惚感に溢れかえる。そのまま彼に覆い被さって、彼と唇を重ねた。
 こうしてあたしは、ゲロ男くんこと、ネズくんに出会ってしまった。

 

write:2020/01/26

​edit  :2022/01/20

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