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​2020/01/24

※元ネタ:夏の林檎(Kalafina)

 ガラルの夏は、とても短い。

 だから時折、垣根に咲く向日葵の影での秘め事とか、野生のプラスルを裸足で追いかけた青い草原が懐かしく感じられた。汗ばむ暗闇の中で揺れる記憶の中の月は今も燦爛としていて、檸檬のように煌めく星々はずっと星座を紡いでいてくれる。

 ──何も無い夏に、ただ恋をしただけでした。

 

 そう歌う彼女に、おれは決まって眉をひそめた。だがそれは、不快という意味ではなく困惑であることを、彼女も分かっている。

「まあ、興味はありますがね……ホウエン地方」

「えっと……グラエナ、ヤミラミ、サメハダー、ノクタス、アブソルかなぁ? ガラル地方に居ないのは。あ、でもヨロイ島とかカンムリ雪原に行けば会える子も居るんだよね」

「……別にそういう意味ではねぇんですけど」

 ガラル地方は、どちらかと言えば寒冷。加えて生まれ育った地域も寒さの厳しいところだったから、彼女が話す温暖な気候がどんなものか分からなかった。ワイルドエリアの日照りよりも暑いのだろうか……干からびてしまいそうな想像しか浮かばない。

 それに向こうは、アーマーガアタクシーのような街と街を行き来する交通機関が少ないそうだ。皆が皆そういうわけではないらしいが、彼女の知り合いはほどんど飛行タイプのポケモンを最低1体手持ちに入れて、そらをとぶを駆使しているとのことだった。おれは少し不便に感じたが、彼女はお気に入りのポケモンと空を飛べるのは気持ちいいから好きなんだと言う。

 そんなふうに望郷されたら、自然と興味が湧くものだ。それも、将来を考えている人の生まれ育った場所というところなら、なおさら。

「近いうちに行きましょうか。きみのご両親にまだ挨拶してませんし」

「あ、挨拶なんて。大丈夫だよ、きっとそんなこと気にしてないから」

 遠方に行った娘が、久々の帰省でどこぞの馬の骨かも分からない野郎を連れて帰って来たら、きっと憤慨ものだろうな。おれもきっと“その部類”だから、何となく予想がついた。しかし、彼女との将来を進むにあたって、避けては通れない道なのは変わりない。腹を括る他ない。一応、それくらいの根性は持ち合わせていますよ。

「それに、きみが育った世界(おんがく)を実際に聴いてみたいんですよ」

 おれの知らない世界に生まれ、育ち、刻まれてきた彼女の記憶。それにどう反応したら良いのか分からない自分に、ずっと釈然としなかった。彼女はおれの隣に居て、触れようと思えば触れられるのに。知り得ない世界について話されると、彼女が遠のいていくような錯覚に何処か焦りを感じていた。

 叶うなら、彼女の記憶をひとつひとつ辿りたい。背の高い向日葵の影の涼しさ。裸足で踏みしめる草の柔らかさ。月の眩しさ、星の明るさ。彼女が見聞きしたものたちを、おれで上書きしたかった。

 きみの胸の奥でずっと実り続けていた、あどけない果実。その濃厚な果汁がおれにとっては銀紙の味しかしなくても。それがきみの心でもあるのなら、歯を立てることも厭わない。

 きみが『懐かしい』と感じる酸いも甘いも、すべておれに分かち合わせてくださいね。

 

write:2020/01/24

​edit  :2021/09/11

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