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​2020/01/23

 その慈しみに満ちた碧い瞳が好きで、わたし以外にの誰かに向けられることが嫌いだった。

 タチフサグマの荒れていた白と黒の毛並みが、ネズの優しいブラッシングによって綺麗に整えられていく。タチフサグマが甘えるようにネズの頬に擦りつけば、ネズは緩く微笑みながら優しい声でなだめる。それ光景はまるで、一枚の絵のようで羨ましかった。

 別に、髪の毛を梳かして欲しいわけじゃない。ただ、ネズの優しさがわたし以外に向けられていることが好きじゃなかった。けれど、ネズには大切なものがたくさんあって、わたしの存在もその内のひとつでしかない。ネズのすべてがわたしに向けられることがあるはずないのは分かっている。それでも、好きだと想う人のすべてを求められずには居られない。そんな自分に嫌気が差していた。

 ソファの足元で寝そべっている、相棒のブースターを抱き上げ、ふわふわした首回りの黄色い毛へと無遠慮に顔を突っ込む。触れるところから不機嫌そうなうめき声が伝わって来たけど無視した。冷えていた頬が温められる感覚に、心がほっと安心する。ホウエン育ちのわたしにはガラルは肌寒くて、ブースターを抱いて寝ない日なんて無いくらいだ。分け与えられる温もりで、次第に瞼が重く感じて来た。

 ネズはまだ、あの子のブラッシングをしている。

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 日常のルーティンである相棒のブラッシングを終えてボールに戻す頃、横のソファに座ってつまらなそうに眺めていた彼女が、顔をしかめながら唸る抱き枕を抱えて船を漕いでいた。

 風邪をひかれては困る、と思って彼女の肩を軽く揺さぶるが、むにゃむにゃ言うだけで起きそうな気配は無い。せっかちな抱き枕、もとい彼女の相棒であるブースターが解放させろと言わんばかりに不機嫌そうな声を上げるので、急いでボールに戻してやった。すれば、突然温もりを無くした彼女がやっと目を覚ます。しかし、完全に覚醒していないからか、ベッドの中まで腕を牽き連れる彼女は危ういほど従順だった。一緒に潜り込んだ布団の狭くて冷たい空間で彼女を抱き寄せるが、彼女はもう寝てしまったようで何も身動きせずされるがまま。安定した心音と温い体温による安堵感と、彼女の様子に何故か胸が詰まりそうな甘苦を感じる。

 別に、抱き返して欲しいわけじゃない。ただ、彼女の求めるものの行き着く先がすべておれであって欲しかった。彼女があまり自分の気持ちを語ってくれないのは、おれの迷惑になると彼女は考えているからだろう。確かに、おれは要領の良い方ではないので、彼女のワガママすべてを満たすことは出来ない。それでも、もっと感情を露わにしてくれと、あの時のブースターが羨ましくなるくらいに欲が出てしまう。そんな自分に嫌気が差していた。

 ふと彼女の顔に目をやると、閉じられているはずの目が、うっすらと、弓なりに開いておれを見据えていた。まさか、起きていたとは。驚いた拍子に凝視していると、視線が交わったことに満足したのか、彼女は頬をほんのりと染めて嬉しそうに目を閉じた。わずかな時間の、些細な仕草だというのに、おれというやつは単純な男のようで、身体の中心に熱が集まっていく感覚に少しだけ彼女を恨んだ。

 その眠そうにまるめる無防備な瞳が嫌いで、他の誰でもないおれだけに向けられていることが好きだった。

 

write:2020/01/23

​edit  :2021/07/01

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