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​2020/01/02

※夢主が冷たくてネズが可哀想

 どうやらわたしたちは、大きな解釈違いを引き起こしていたらしい。

​ 酔った勢いで体の関係になったものの、思い切って最中に告白してわたしと付き合っていると思っていたネズ。対して、ネズの好きな女の子の代わりに抱かれているんだろうと思って、ただのセフレ関係だと割り切っていたわたし。

「なんでそこでおまえじゃねえ誰かになるんですか」

「いや、こんな関係になる前は結構疎遠だったし、わたしのこと好きだなんて微塵も思ってもなかったし……

 あんなに愛を囁いていたのに!? と言いたげなネズの顔色が、どんどん悲痛に歪んでいく。自分の想いが何一つ相手に伝わっていなかった──そんな絶望が、ネズの瞳孔を大きく揺らした。

「……おれの他に、誰とヤったんだよ」

 その絞り出すような低い声に、わたしは身も蓋もない聞き方をするなぁ、と少し呆れながら思い出す。身長が高くて褐色肌。普段温厚そうな笑みを浮かべているのに、セックスの時は目を光らせながら猟奇的に激しく切迫してくる。ネズの甘く溶かしていくようなセックスとは対照的。二人はどうして、そこまで正反対なのだろう。

「えっと……最近ならキ、」

 聞かれたからには答えなきゃ、と思って答えようとしたら突然ネズが覆い被さって来て、無防備に開いていた口を塞がれた。瞬間的に引っ込もうとした舌を容易く絡め取られて、醒めきれてなかった先程までの熱気が臍の下でキュンと疼く。流し込まれるネズの唾液がわたしのと混ざり興奮剤と化しているようで背筋がゾクゾクした。

「……いやです。おまえはもう、おれのものです」

 身体が痙攣するほど酸欠になり始めた時にやっとネズは離れてくれた。その震える声に、わたしはようやくネズの顔を見て驚愕した。──泣いている。今まで過ごして来てそんな顔見せたことも、雰囲気を醸し出すこともなかったのに。ぽろぽろと零れる涙が、宝石のように間接照明に照らされて煌めきながら、重力に従ってわたしの頬に落ちてくる。

「えっと、ネズ……ごめんね?」

 濡れたエメラルドグリーンが奇麗すぎて、わたしは思わず目を逸らしてしまった。それが癪に障ったみたいで、ネズはわたしを強く抱き竦める。その細い身体と腕のどこにそんな筋力があったのか、今までずっとわたしを気遣って加減して来たのか、と思うほどに、わたしの身体を軋ませる力強さだった。密着する汗ばんだ素肌がこんなにも心地良くて身体中が悦んでいるのに、頭や心はスッと凍えるように冷めていた。

「っ、いやです。おまえはおれの、ものなんです。いやです、」

 ネズはうわ言のように繰り返しつぶやく。時折鼻をすする音が耳朶に触れて、ずっとオトナびていたネズが子どもみたい愚図るところが可愛いな、なんて的外れなことを思った。思っただけで、感情は揺さぶられなかった。

 ネズの家の天井が高く見えて、何だか自分自身を見下ろしているかのように感じる。まさしく、他人事の感覚。

 きっと、わたしも好きだと返さないとここから出させてくれないんだろうなぁ。断ったら無理やりにでも既成事実を孕ませられてしまうのかなぁ。もう他の人と寝かせてくれないのかなぁ。あ、あとで彼に連絡しなきゃだ。でも、連絡させてもらえるかなぁ。ネズって結構嫉妬深かったんだ。やだなぁ、面倒臭い。縛られるのは好きじゃないんだよねぇ。

 だから、惨めに縋って来るネズは可愛く思うけど、愛することは出来なかった。

 

write:2020/01/02

​edit  :2021/06/11

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