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​2019/12/24

 彼の好きな女の子には、どうやら好きな人がいるらしい。そんな惚気未満の話を、行きつけのカフェでミルクティーに差したストローの飲み口をくるくる回しながら横で聞いていた。

「まあ、カッコイイもんね、キバナくん」

 そうこぼすと、カウンターに肘をついて自分のコーヒーを眺めていた彼がじろりとわたしを睨む。眉間には不快だと言いたげな皺が寄った。いけない、不機嫌にさせてしまう。

「待って、一応世間一般論だから。決してわたしの意見じゃないから」

「その世間一般の中にもきみが含まれているでしょう」

 ついには、ふいっと顔を背けられてしまった。

 ああ、拗ねちゃった……。彼は昔から、不機嫌になると顔を背ける癖がある。けれどそれは、わたしの前だけみたいで、妹ちゃんはおろか他の人にやっている姿を見かけたことがなかった。もしかしたら、本人も気が付いてないのかもしれない。彼の好きな子も知らないような子供っぽい仕草は、きっと、わたしが小さい頃からの腐れ縁だから。気を許されている唯一のわたしだけが知っている彼の一面。そう思うと、やっぱり嬉しくて。わたしだけの特権にほくそ笑む。

「なに笑っていやがりますか」

 ありゃ、すぐバレてしまった。顔が見えないのに。頭の後ろにも目がついているのか。

「いやあ、ネズくんかわいいな~って」

「嬉しくないね」

 わたしなりに褒めたつもりだったのだが、彼はお気に召さなかったようで。また眉間の皺が増えていることだろう。

 彼もメディアに取り上げられる人物であるから、一定層にはモテているくらいに格好良い。とはいえ、どんなに格好良い男の人になったって、幼なじみのわたしにとってはいつまでも、スパイクタウンの寒さで柔らかそうな頬を真っ赤に染めていた可愛い可愛い彼なのだ。でも、彼にとってはそれは不服なようで。まあ確かに、もう大人なのだから可愛いよりも格好良いって言われたいよね。

「そうだねぇ……あ、ライブしてる時のネズくんカッコイイと思うなぁ」

 ちょっとでも機嫌を直してもらおうと、わたしはわたしが考える格好良い彼を思い浮かべる。

「あとバトルしてる時の楽しそうなネズくんとか。あ、でも普段からカッコイイよ。細身だからシンプルなコーディネートから派手なのまで何でも似合うし。そういえばこの間、アコースティックギター弾いてたよね。あの時も様になっていてカッコよかったなぁ。そうだそれから、」

 思い浮かべたら案外キリがないものだ。そう思った矢先、背けた顔をこちらに戻してくれた彼の手が口元に押し付けられた。

「もう、もういいです」

 手の甲から腕、肩と辿った視線の先には、かつての幼き時のような、頬を真っ赤にした彼がそこに居た。……はて、赤くなるような要素が何処かにあっただろうか。彼は誰かに褒められて赤くなる人ではなかったはず。でも、その様子が初心で可愛いから、何だかからかってやりたくなっちゃう。

「何照れちゃってんの~? わたしに褒められたって嬉しくないでしょ」

 彼の手を外しながら笑って言ってやると、彼は眉間に皺を寄せたまま、紅潮している顔でわたしを見据えて来た。それが何だか彼らしくもない、異様な雰囲気をまとっていたから、わたしも柄になくときめく。

「き 、だか  よ」

 突然ノイズが走るように店内がざわめいて、彼の小さな声がかき消されてしまった。

「え? ごめん、よく聞こえなかった。もう一回お願い」

 わたしは上手く聞き取ることが出来なかったので、彼に聞き返した、のだけれど。

「……別に、大したことねぇんで」

 彼はわたしのお願いを聞き入れることなく、またそっぽを向いてしまった。

「え~なんでぇ、気になるじゃん」

「何でもいいでしょう」

「良くないよ、教えてってば」

「やかましい。おれは二度も言わねぇ主義なんです」

「は、なにその主義!? はじめて聞いたんだけど!?」

 勝手知ったるわたしにはいつも意地悪する彼でも、自分の好きな女の子相手なら、素直になって教えてくれたりするのかな。

 ──なんて、誰かも分からない女の子のことを羨むことがあるけども。雑に扱われても彼なりのわたし用のコミュニケーションだと分かっているから、この近さが嬉しくて、つい甘んじてしまっている。いつか離れなければならないことを、今から考えたくはないかな。

 何とか顔を正面に戻してくれた彼はまだ頬が赤かったけれども、眉間にはもう皺はなかった。

 

write:2019/12/24

edit  :2021/08/24

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