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​2019/12/19

※元ネタ:輪るピングドラム
 

「ネズ。わたし思うんだけどね、運命っていうのは、あらかじめ世界に決められたルールなんだよ」

 あの時の彼女の言葉が衝動的で、ひどく悲しかったことはよく憶えている。

 同い年で同じ時期にジムチャレンジへ参加して、しかも同じあくタイプが好きで極めようとしている。……これを運命という言葉以外になんて表現するのか、まだ幼いおれには分からなかった。彼女への想いをひたすら綴った歌詞がようやく完成した後にそんな言葉を突きつけられる食事は、何故か塩っぱく感じられた。

 あの時のおれは、ちゃんと上手く笑えていたんでしょうか。

 

「ネズ。わたしね、歌のある音楽がそんなに得意じゃないんだ。……あ、別にネズの歌が悪いって意味じゃないよ。わたしの耳が、脳が、受け付けてくれないの」

 この彼女の言葉には、おれが伝えられない想いを乗せた歌を聴いてもらえていないことが分かって叫びたいほど辛かった。

 彼女はおれ以上に耳が良いらしく、いつも耳から入る情報に悩まされていた。雑踏の音はもちろん、雨音も苦手で、人によっては口を利くことも忌避するという。歌のないインストゥルメンタルなら大丈夫だというので、軽くギターを爪弾いてやると、手を叩いて褒めてくれた。

 この時のおれは、きっと複雑な顔で笑っていたでしょうね。

 

「ネズ。あなたはわたしのライバルだよ。これからも切磋琢磨していこうね」

 その彼女の言葉に、異性として見られていないことに非常に悔しい想いをした。

 おれがジムリーダーに就任しても安定して続いているこの関係は、幸か不幸か前転も後転もしなかった。当然だ、先の彼女の言葉からおれのことを男として意識されていないことが分かってしまったのだから。けれど、おれのことを考える時間があるのなら、それはそれで良いのかもしれない。おれのことを考えている時は、他の男になんて目移りしない。それはおれにとっては嬉しいことだった。

 その時のおれは、悔しさと嬉しさを奥歯で噛みしめながら笑ったんですよね。

 

「……ネズ。落ち着いて。愛なんて、一時的な激情で崩れたホルモンの影響なんだよ。だから、ネズがわたしに抱いている感情は間違ってる」

 彼女の言葉に、ただ絶望した。

 気を引きたかった。感情を引き出したかった。ライバルとしてじゃなく、ひとりの男として認識してほしかった。おれのことを、解って欲しかった。

 彼女はいつもストイックで、ライバルのおれと自身のポケモンのことしか考えていない。それが悔しくて、少しでも嫉妬してもらおうと、好きでもない女と付き合ったり彼女に紹介したりすることもあった。しかし彼女は嫉妬するどころか、「良かったね」「お幸せに」なんて心にも想っていないことを口にしながら振り向かない。おれという邪魔者が居なくなって彼女に言い寄る男も居たらしいが、彼女は誰一人にも振り向きやしなかった。ずっと、おれに勝ってジムリーダーの役を奪い、その先のチャンピオンの座を目指すことしか、考えていなかったんだ。

「……おまえにとっては、ホルモンの影響かもしれねぇけどさ、」

 何度、この感情を音楽にぶつけたことか。彼女は絶対に知る由もない。だって、おれの歌を聴くことが出来ないんだから。

「おれは、頭がおかしくなっちまいそうなくらい、おまえのことが、どうしようもなく、ッ好きなんです」

 見つめる彼女の無感動な瞳には、しっかりとおれが映っているのに、彼女は頑なにおれを見てくれない。何を伝えても、彼女の瞳を揺らすことが出来ない。一緒になれないことよりも、おれの想いに喜んだり悲しんだりしてくれないことが、何よりも苦しかった。

「ネズ。わたしは、」

 ああ、もう、聴きたくない。おまえがそうなら、おれだって。

 彼女の言葉が語られる前に、おれはその口を塞いだ。彼女のくぐもった声に、劣情が煽り立てられるようで、この瞬間を待ち望んでいたのだと泣きたくなった。

 このまま、ふたりいっしょに窒息しちまったらいいのに。
 

write:2019/12/19

​edit  :2021/08/24

 

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