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​2019/12/12

「ごめん、わたしスパイクタウン出ていく」

 そう言ってこの街を見捨てた幼なじみの彼女を、おれはずっと裏切者だと蔑んでいる。一方で、想い人の心を引き留めることすら出来ない自分の魅力の無さに嘆いた。

 そうして街が彼女の影を忘れた頃、ラジオから彼女の歌が聴こえた。

 ──いつか帰るばしょ。

 そう歌っていたことに、おれは嬉しさと同時に怒りが湧いた。街が彼女のことを忘れたとしても、彼女は街を、故郷を忘れたりはしないでいる。しかし、彼女はわかっているのだろうか、その“いつか帰るばしょ”を守ろうとしているやつがいることを。……きっと、知らない。知ろうとしない。だってこの街を、おれを、今も見捨てているんだから。

 おれはずっと必死だったんですよ。街の活気を取り戻そうと、栄光を取り戻そうと、きみの居場所を取り戻そうと。だけど、おれは非力なもんで、街は廃れていくばかりだし、栄光はもう過去の遺産へと還っていく。そんな風にしてしまったのはおれ、おれのせいできみは帰って来ることすらしない。

 何度『ここまでかもしれない』と焦燥感に駆られたことか。歌ってもないのに喉が熱くて、しばらく固形物が喉が通らなかった時期があったんです。それを繰り返していたら、いつの間にかきみと居る頃よりも食が細くなっちまいましたよ。

 彼女のいう“いつか帰るばしょ”のため、おれはおれなりにここまで頑張って来た。しかし、どんなに彼女のことを想ったって、何も届きやしない。おれの努力なんて彼女にとって、たいした功績ではなかったわけだ。

 きみは今、どこにいて、なにをして、だれといるんですかね。

 知りたいような気がして、知りたくもない気もした。

 ただ、彼女はこの街に居ない。けれどここは、彼女にとっていつか帰るばしょ。それだけは真実だった。

 この街が おまえを忘れても

 おれだけは ここで待っていると

 やくそくしよう

 これは、おれのエゴの唄だ。

 

write:2019/12/12

edit  :2021/08/10

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