生きづらい。
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2019/12/01
目が覚めたら見知らぬ天井だった、なんてこと経験するのは人生で何度あるんだろうか。とりあえず、おれは今日初めて経験した。
意識が浮上したので、のそりと身体を起こす。今何時だ? というか、いつの間にベッドで寝たんだろうか。
「あ、ネズくん。おはようございます」
聞き覚えのある声が聞こえて無意識のうちにそちらへ顔を向けると、カウンターキッチンの向こう側に女性が立っている。想い人によく似ているものだから、おれにとって都合の良い夢でも見ているのではと錯覚しそうになった。
「ぉ、あようござ、……ッ」
寝ぼけたままの頭を無理やり叩き起こしてくるような、ガンガンと響く頭痛。視界が揺れて、呂律も回らなくなって、たまらず額を抑えた。
「あ、大丈夫ですか? 昨日結構飲まされてましたもんねぇ」
昨日。……ああ、そうだ。昨日は、ダンデ主催の飲み会に参加させられて、カブさんが頼んでいたホウエン産の蒸留酒──確かアワモリ、だったか。それを酔ったキバナに飲まされて、それから、それから……思い出そうとする度に、鈍痛が響いて、上手く思い出せない。これはもう、あれだ。
「その様子だと二日酔いっぽいですね。ちょっと待っててください。今、効くやつ持っていきます」
おれの情けない様子から、彼女もおれと同じ判断をして、何か作業を始めた。食器がぶつかり合う音に思わず顔を顰めていたら、ふと自分が居座っているベッドがやけにファンシーな感じに気付いた。見渡せば、メイク道具が並んだドレッサーや、背の順に並べられた本、白くて丸いローテーブルに、ふわふわと毛の長いパステルカラーのラグ。自分の部屋よりも整理が行き届いていて、医務室よりも彩りがある。
もしかしなくても、ここは、彼女の部屋で、おれはさっきまで彼女がいつも寝ているベッドに寝ていたことになる。頭痛と同じ波長で心音が強く脈打ち始めたところで、おれは今いつものあくユニフォームの上に見慣れないローブガウンを羽織っていて、おれが使わなそうなフローラルな柔軟剤の香りが鼻腔を擽った。遠くのハンガーラックに掛かっているおれのジャケットが、なんだか他人事のようにおれを見ている。
──おれは、まさか。
「ネズくん」
彼女のおれを呼ぶ声に一瞬心臓が止まりそうになる。全身から血の気が引いていくような冷えていく感覚に耐え切れなくなったおれは、とっさにベッドの上で膝を折り畳んで上半身を折る。いわゆる、土下座というやつだ。
「すみません記憶が全く無いんですけど責任は取りますので許してくださいお願いします」
「え? なに? ごめんなさい、めっちゃ早口で聞き取れなかった」
とりあえず顔を上げて欲しい、と困ったように言うので、おれは言われた通り顔を上げたが、視線は下に向けた。密かに想いを寄せている女性に対して酷く失礼なことをしてしまった罪悪感から、彼女の顔をまともに見れない。おれはここで、彼女と一夜を共にしたのか……そう考えると、憶えていないことを少しだけ残念に思う。ほんの、少しだけ。
しかし、彼女はどうして抱かれた後でこんなに平気そうな様子なのか。恋人がいるなんて話は聞いていないから、機会は少ないはず。いや……もしかしたら、彼女にとっておれはただの竿の一本で、ただ味見されただけなのかもしれない。まあ、彼女との繋がりが出来るのであれば、それはそれでいいと思ってしまうおれも大概だが。
そんな低俗な考えを巡らしていると、視界の端から黒っぽいマグカップが差し出される。
「はい、あったかいものどうぞ」
「ぇ、あ。はい、あったかいものどうも」
零れないように底を手のひらに乗せながら、白いハンドルに指を通して包むように持った。すると、冷えていた指がほんのりと温められていって、焦っていた心が落ち着いて来る。
そうして反射的に受け取ったマグカップは良く見ると、ナマコブシをモチーフにしているようだった。飛び出した中身が上から下へと伸び、マグカップのハンドルとして表現されている。彼女の手持ちにナマコブシはいただろうか……なんにせよ、彼女の新たな一面を知れておれは少し嬉しかった。
その中身には、茶色い液体がなみなみと湛えられている。コンソメスープだろうか? しかし色が少し濃いような気がする。
「二日酔いになったら、お味噌汁です」
そう胸を張っていうものだから、ベッドの脇に立つ彼女のことを思わず見上げる。想像していた通り、どこか誇らしげにしている顔がそこにあって、おれはどうリアクションを取るべきか悩んだ末にノーリアクションとなってしまった。
「……あ、えーと、」
曰く、おれの聞き馴染みがある言い方をすれば、ミソスープ。彼女の出身であるジョウト地方では、食事に必ずと言っていいほど付いてくるらしい。
「特にそのお味噌汁はですね、二日酔いに効くって言われてるシェルダーのエキスが入ってて、これが即効性があるって地元でも話題なんですよ」
「はあ」
「あ、熱いのでふーふーして飲んでくださいね」
「……わかりました」
ふーふーって言い方になんだかグッと来てしまったのは、きっと惚れた弱みなんだろう。普段リーグスタッフとして他人行儀な彼女だからこそ、子供に言い聞かせるような言い方になるほど、今この時おれなんかに対して気を許してもらえていることは少しこそばゆい。
──ああ、いや、そうじゃなくて。
「すみません、その、」
「はい、どうしました?」
彼女はベッドの近くに鎮座するソファに腰掛けた。顔が近くなって慌てて顔を下に向けたものの、若干彼女の方の目線が下になっていることで、俯いていた顔を覗かれ、結局目が合う。おれの言葉を静かに待つ彼女の瞳が、ただ眩しく感じた。
「……責任、取ります」
それ以外言えなくなるダメな自分が恨めしい。穴があったら入りたい。兎にも角にも責任は取るとして、キバナは許さねぇ。
「ふふっ、そうですね。ネズくん淡泊そうに見えて、意外にがっつくタイプだったなんて驚きましたよ。待ってって言っても止まってくれないし」
昨日のおれは一体ナニをしやがったんだ。無意識に頭を抱える。そう悪寒が走る背中とは裏腹に、腹の下がゾクゾクと熱帯びる感覚は、身体が憶えているとでも言いたいのか。穴に入るからそのまま埋めて欲しい。自分の浅ましい痴態に頭痛が重くなって気持ち悪くなって来た。
「……ふひっ」
突然、誰かが吹き出した。『誰か』と言っても、ここにはおれと彼女しか居ない。おれは到底笑える状況ではないので、自ずと彼女のものだと考えた。やや間を置いて彼女の顔を見れば、両手で口元を抑えて何か堪えるように震えていた。
「あっ、もうだめ。あはっ、あははははっ」
おれはそんなに変な顔をしていたのだろうか。突然笑い出す彼女の声に驚いて身体が固まる。そんなおれを置いていくかのように、彼女の楽しそうな笑い声が部屋中に響いた。普段凛としている顔が、くしゃりと破顔している。こんな風に感情を表に出している彼女が珍しくて見惚れていると、笑いが収まってきた彼女とふとした瞬間に目が合ってしまった。咄嗟に下に逸らして偶然を装う。
「はは、はぁっ。すみません、ネズくんがいっぱい勘違いしてるみたいだから、ちょっと、おもしろくて、っふふ」
……かんちがい、とは。
「大丈夫ですよ。ネズくんはわたしに何もしていませんし、わたしもネズくんに何もしてません。わたしもだいぶ酔ってましたからねぇ、このソファでぐっすり寝てましたよ」
ほら、と彼女が身をよじって、ぱふっと軽い音を立てながら手を置いた先には、ソファの端に畳まれたブランケットがあった。
「えーと、憶えてないみたいなので説明しますとですね、」
例の蒸留酒をキバナに飲まされて見事酔い潰れたおれのことを、帰る方向が同じという理由でキバナが彼女に押し付けたらしい。ただ、彼女はおれの家の住所を知らなかったために、仕方なく自分の家に連れ帰ったとか。
……ああ、本当に、何してくれやがるキバナの野郎。同じ街に住んでいることは知っていても、住所まで知っているわけねぇだろ。くそ、酔い潰れた情けない姿を晒しちまった上に勘違いとか。最悪だ。二日酔いによる頭痛が、おれを叱咤するように責め立てて来る。正直胃の中のものを吐き出したい気持ちでいっぱいだったが、これ以上彼女に迷惑をかけるわけにもいかないので、口の中の胃液を必死に飲み込んだ。
「……すみません」
「あっ、いえいえ! わたしの方こそ笑っちゃって失礼しました」
「いえ……」
脱力した男を運ぶのは容易じゃなかっただろうに。彼女は一笑いするだけで、おれがここに居ることを許してくれた。おれはきっと、そんなのひどくお人好しなところが気に入っているんだと思う。いつか送りルガルガンならぬ、送られルガルガンに襲われないことを願うばかりだ。
「とりあえず、それ飲んで二日酔いを収めちゃいましょう。じゃないと、後がつらいですからね」
「そう、ですね。……いただきます」
「はい、召し上がれ」
受け取っていたマグカップを口元まで運び、彼女の言いつけ通り湯気に息を吹いて散らした。彼女に見られながら飲むのは緊張するが、出来る限り自然なように振る舞いながらお味噌汁とやらに口をつける。おれの舌には少し塩っぱいような気がしたが、不思議と安心する家庭的で素朴な味が口の中に広がった。ほどよく温まったことで飲みやすく、しかし身体の芯が少しずつ温まる感覚に、騒いでいた頭痛が柔らかく宥められていく。ほのかに潮風のような香りがしたのは、言っていたシェルダーのエキスというやつだろうか。
「……おいしいですね」
「ほんと? よかったぁ。わたしもそれ好きなんですよ。ネズくんにもお気に召してもらえたようで嬉しいな」
彼女のその緩み切った笑顔に、キバナには後で必ずお礼参りをしてやろうと固く心に誓った。
write:2019/12/01
edit :2021/07/26